被害者になってからでは難しい | spider-thread-21のブログ

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皆さん、こんにちは!

 

母が交通事故に遭って以来、時間に追われる日々が続いています。また、ブログの更新が遅れてしまいました。実は、先日、検察から電話があり、加害者が不起訴になった旨の連絡を受けました。昨夏、二十歳の男がよそ見運転でスクーターで制限速度を17キロ~20キロオーバーして母を撥ねたのですが、嫌疑不十分として不起訴処分となりました。それまで加害者側は医療費を支払っていましたが、不起訴が決まった途端に支払いを停止してきました。勿論、弁護士がついています。

 

想像するに、若い青年が年寄りを撥ねた場合に刑事罰を科すのは将来のある若者に酷だろうという配慮があるのではないかと勘繰ってしまいます。結果として、罰金刑すらないのかと思うと、交通法規を守るということ、守らないということは、一体何なんだろうって思います。変わり果てた母をみて、加害者の罪は、駐車違反よりも軽いのかってね。

 

僕の意見としては、前科がついたからその青年の将来がなくなるという社会はおかしい。そしてそれを忖度して起訴・不起訴が決まる社会もおかしい。人を撥ねて、再起不能の状態に陥れ、その家族も塗炭の苦しみを味わっていることを法曹はどのように理解しているのでしょう。刑事罰の種類や程度によって青年がしっかりと償って行けば再起できるような社会でなければ、その歪みによって被害者が不当に貶められる結果になると思います。事実、加害者側の弁護士は、私の母が安全確認をせずに道路を渡ったと断定的に述べてきています。正直、僕は依頼人の利益のためとは言え、そんなことを平気で言うような弁護士になりたいとは思いませんね。母は脳挫傷の後に高次脳機能障害で認知機能も著しく低下しているので、加害者側に反論もできないのです。被害に遭ったら泣き寝入りするしかない社会は問題です。損害賠償も相手が若く稼ぎが少ないなら減額される傾向ですし、任意保険に入っていなければ弁護士はお金にならないと言って中々相手にもなってくれないと聞きます。こういう問題は被害に遭って初めて見えてくる社会問題です。

 

概して日本は住みよい国ではあるのですが、法治国家としては遅れている部分もあると感じます。私見ですが、日本に足りないものが三つあるとすると金融教育、リーガル教育、そして性教育だと思います。そして、これら三つは密接に関わっているので、学校で教えてもらえないなら、家族や知人から、そして自分自身で学ぶことを強く勧めたいと思います。