ニューヨーク・ダウの上昇余地は? | spider-thread-21のブログ

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今日は少し大局的な視点で株式市場を見たいと思います。そこで世界最大の金融市場を有する米国のダウ平均を使って考えてみたいと思います。

 

米国株の歴史を振り返ると経済パラダイムのシフトが起きることで停滞後に上昇を繰り返してきました。過去を見る限り、上昇局面では停滞時期の10倍程度に株価は上がったのです。

 

パラダイムシフトは産業構造を破壊し新しい産業を創出します。端境期にはある程度の苦痛を伴いますが、雇用の流動性とマニュアル化された仕事のモジュラー化によって社会全体の生産性向上を進めてきた米国は日本で批判されているよりもうまく乗り切っていると思います。うまく伝わらないかも知れませんが、ある会社を解雇されてもそれは履歴書上の大きなマイナスではなく次の職は割と簡単に見つかるという文化的土壌ができているという意味です。実際、僕の周りで解雇された人の中には極めて有能な人たちが数多くいました。そして、解雇された後の新しい職場で高く評価されてキャリアを向上させています。そして、この文化が会社に個人がしがみつくというようなことを阻止しており、自己研鑽と自信獲得という好循環を生んでいると僕は見ています。これは雇用者と被雇用者の立場が対等に近く、パワハラ、モラハラ、いわれのない差別なども起きにくい状況を作っています。また、いつでも自立できるような自己研鑽は会社に頼らずに生きるということの裏返しでもあり、生涯のキャリアで実力向上を継続していく流れとなります。もちろん、転職や解雇を経験せずに何十年も同じ企業で働く米国人はたくさんいます。一般に流布しているイメージとは異なるかも知れませんが。

 

いずれにしても、産業構造のシフトによって米国のビジネスはダイナミズムを保ち続けており、新たな起業によって世界を相手に戦う企業が多く出てくることで、ベンチャーキャピタルや投資家も育つことができました。米国には移住した人も含めて自分達が社会をリードし、世界を変えることができると考える人が他国に比べて多く存在するようです。これは成長の歴史の積み重ねによる社会的自信かなあ、と思います。

 

ニューヨーク・ダウを見ると、戦前は100ドル前後で推移しました。戦争やインフレで株価が長期的に停滞したのです。戦後になって戦後復興や海外経済の成長に乗ってダウ平均は1942年の100ドル近辺から1966年の1,000ドル突破まで10倍程度上昇しました。その後は1980年代初頭まで1,000ドル台で10年以上も停滞しました。これはインフレや労使紛争などの理由があげられます。しかし、この期間の学びは次の成長期に活かされています。

 

日本では学者が政治に口を挟むと、象牙の塔の輩が・・・というように頓珍漢な批判が起きますが、米国では様々な研究者や専門家の意見が高く評価されます。一方、学術サイドでも東大などの重鎮はメディアにでる学者を軽蔑する向きもいらっしゃるということも聞きますね。メディアで有名になれば露出が増えてお金で都合よく動く方向に走る中途半端な学者が過去にいたからでしょう。

 

日本では、宗教学者、小説家、週刊誌のライターなどが、専門外の分野でお茶の間にうけのよいコメントを出したり、お笑い芸人が(大衆の空気を読んで)政治のことなどで(言えそうな相手には)偉そうなことを言うと視聴率があがって、視聴者はスッキリみたいな風潮があります。でも、世界的なメディアの在り方からすると奇異な光景であり、それが普通だと思って子供のころから過ごす国民には非常に罪深いことだと僕は思ってしまいます。僕自身は海外で生活するまで日本にいる学生時代は時々違和感を覚えても中々しっかりとは気づきませんでした。

 

ちょっと話が逸れましたが、現在はインフレ懸念が台頭していますが、歴史を振り返ると、米国の株価が停滞する場合は戦争などの要因を除外すると必ずインフレ懸念→金利上昇→景気後退という順序を踏んでいるようです。先日、S&P 500の水準はバブルではないと言いましたが、ブログに貼ったグラフを見た人は気づいたと思いますが、最近の株価は過去に比べて若干割高に推移しているのは確かです。これは調整の余地と見るべきか、今後更にEPSが上昇すると見るべきかで意見が分かれるところです。ただ、インフレが現実味を増しているので、そのこと自体はPERを引き下げることにつながるのが過去の経験則です。このことはしっかりと覚えておいた方がよいでしょう

 

さて、1980年代初頭は1,000ドル程度でしたが、レーガノミクスによる規制緩和が企業の競争を促し、人種差別や女性差別などで人材活用の制限をしていては国際競争の中では勝てないと現実的に考えた経営者たちの力量が向上しました。企業業績は向上し、その後、FRBのインフレ抑制策やクリントン政権の経済政策も功を奏して1999年にダウ平均は10,000ドルを突破、即ち、停滞時期から再度10倍に上昇したわけです。

 

2000年のITバブル崩壊後、2008年にはリーマンショックもあって2012年までは再度ダウ平均は10,000ドル前後の停滞時期を経験します。そして2009年3月を底に現在は35,000ドル前後まで上昇しているのです。

 

米国株の上昇にはいくつかの要因があります。一つは世界の覇権を握っているということ。資本主義の番人のような雰囲気があるものの、国益を損なう場面では豹変してでもこの覇権を守ろうとします。建国以来、移民などを時にIQで選別しながらも受け入れてソフトパワーを増大してきました。これは二つ目の要因とも関連します。その要因は資本と労働の関係が良好であるということです。

 

労働に焦点を当てると、米国の場合、2000年前後からIT人材の投資を活発化しました。僕も米国企業(メーカー)で働いていますが、既に2000年代にはIT企業かと思うくらいにITエンジニアを大量に雇用して社内システムの構築や外部IT会社との折衝に当たらせていました。

 

以前、DX関連のコンサルに強いベイカレントのお話をしました。この会社の業績が伸びているのは、ITに疎い日本の経営者がDX推進のトレンドの中でコンサル料をガッツリと払っているからだと述べました。実は、経営者だけが最先端のITに弱いわけではありません。日本においては最先端のIT技術を持つ社員はIT関連企業に偏在しており、一般企業側の人材が少ないのです。これではIT企業側が何を言っているかはっきりと理解できる一般企業が少なく、実行する投資が的外れになりがちだということになります。顧客企業側のIT人材不足によって、IT企業の言われるがままに進めるしかなく、建設的で質の高い議論が展開できないのです。実際の運用では使い勝手が悪く、パッチワークのような後付け修正も多いように思われます。それでは競争力のあるIT活用は難しいでしょう。

 

上記の日本の例は、資本と労働のミスマッチだと思います。経営能力にも影を落とすこととなり、実はかなり大きな問題です。この点、アメリカは貪欲にソフト人材を増強していったのです。米国の識者は90年代初頭には既に日本にこの点を指摘していました。しかし、本気で手を打った経営者は少なかったようです。指摘されている内容の重要性を理解できる経営者や側近が少なかったということですね。大量生産型の成長は戦後の海外特需という特殊要因と米国の世界戦略、そして勤勉な国民という要素に支えられたものでした。しかし、この時期に将来を見据えた経営者が多く輩出されなかったのかも知れません(この部分については機会があれば別のブログを書くかも知れません)

 

話を元に戻すと、米国株は停滞と上昇を繰り返しています。ただ、停滞の期間よりも上昇の期間の方が長くなっており、しかも上昇が始まると10倍になっている歴史があります。ということは、10,000ドル前後で停滞したダウ平均が次に目指すのは100,000ドルということになります。これから3倍くらいの上昇余地があるかも知れない、ということです。

 

これは夢物語だとは思いません。近視眼的な視点ではインフレ懸念が株価に影響を及ぼすことは間違いありません。しかし、大局的には上記の二つある要素の内、米国の覇権の安定がどうなるかが肝要ですね。中国との覇権争いがどのような方向に行くか、中国が長期的にどのような手を打ってくるのか、投資家はそこに注目していると思います。とは言いつつ、長期的にはやはりダウは100,000ドルを目指すというのが米国の強さなのだろうと思います。

 

少し長くなりまとまりがなくて済みません。参考になれば幸いです。