フットボール界に悲しいニュースが続きますね?
イタリアのレジェンド、パオロ ロッシが永眠しました。
1982年スペインW杯、優勝候補筆頭のブラジルに土をつけ、その勢いで優勝を果たしたイタリア代表の立役者です。
1978年アルゼンチンW杯、当時は2次リーグ1位通過同士が決勝、2位同士で3位決定戦でした。2次リーグ、オランダに競り負け、決勝進出ならず、3位決定戦もブラジルに敗れたが、ロッシの活躍もあり、何とかベスト4に。
1980年、八百長に関与した疑いをかけられ、3年間の出場停止に、後に2年に軽減される。
1982年5月、復帰明けにスイスとの親善試合で代表復帰、1982年スペインW杯にギリギリ間に合うが、1次リーグはチームと共に低調なパフォーマンスに終始、2次リーグはアルゼンチン、ブラジルと死のグループに。
しかし、初戦のアルゼンチン戦、マラドーナをジェンチーレのマンマークで完全に封じ込め、カウンターから2得点、ブラジル戦もカウンターで3得点、しかもロッシのハットトリックで撃破。最強ブラジルを退けて完全に波に乗る。
準決勝ポーランド戦もロッシの2得点で快勝、別の準決勝でフランスと西ドイツがPK戦までもつれ込む死闘を演じ、辛くも勝った西ドイツも疲労感は拭えず、好調イタリアの敵ではなかった。
ロッシの得点王を決定づける先制点で幕を明け、マルコ タルデリの2点目、アルトベリのダメ押し3点目で勝利を決定づけ、闘将ブライトナーのボレーシュートも焼け石に水、3-1で3回目の優勝を飾る。
1986年メキシコW杯もメンバー入りしていたが、出場機会はなし。
チームも決勝トーナメント1回戦でフランスに敗れて大会を後にした。
ユベントスに所属した1984〜85年シーズンの欧州チャンピオンズカップ、ベルギーのヘイゼルでリバプールとの決勝を制し、欧州チャンピオンになるもその年で退団。
来日すると思っていたが大幅にメンバーも変わっていてガックリでした。
ポーランド代表ボニェクやロッシとプラティニを観れるとワクワクしていたが、ボニェクもロッシも居なくて、プラティニと若き日のラウドルップだけでした。
1987年で引退していたが、64歳でこの世を去るとは・・・・
ゴール前5mぐらいで勝負する嗅覚タイプのFWでした。
例えるならフィリッポ インザーギ。
インザーギはCLでは活躍したが代表ではあまり目立った活躍ではなかった。
ロッシは1982年のW杯優勝の立役者なのでインザーギよりは上だと思います。
ロッシがつけた代表の背番号20はイタリアではFWのエースナンバーになります。
ドイツの13番(ゲルト ミュラー)と同じ感じですね。
1982年当時、ブラジル推しだったワタクシ、西ドイツ推しの友人と賭けをしていて、ブラジルが負けたから、イタリアに乗り換えで良いと言われて結局賭けには勝った形になりました。
だから、ロッシはワタクシのアイドルでした。
早い年齢で天に召されましたが、安らかに眠ってください。
Grazie Paolo !!
あ、こういう記事、人の記事の引用なんて一切ありません。
全て自分の文章です。
♪sam-1152♪