日頃、心の中でずっと気になっていたこと、
もやもやしたまま抱え込んでいたこと、
それを思い切って言葉にして口に出していこうと決めた途端、
これまで堅く閉められていた蓋が一気に開いて、
さまざまな疑問や違和感などが次々と出てきている。
これまで、考えないように、気にしないようにしてきたことが、
いかにたくさんあったかに今更ながら気づかされる。
「問題意識を持つ」ことは良いことだと昔から思っていたが、
それをどう表現し、周りにも理解してもらうかということになると、
とても難しいことも痛感してきた。
「これって、おかしいのでは?まずいのでは?」と感じて問題提起をしても、
「別に気にならないけど」とか「別にいいんじゃない」と受け流され、
私が思うほどの大きな問題ではないと逆にたしなめられたりもする。
あるいは、「そのとおりだけど、それを今やったら大変なことになる。
周りから嫌われてしまう。」と反対されたりもする。
問題があっても現状維持が最も望ましいという考えが、
世の中のあちこちにはびこっている。
一度決めた仕組みやルールを変えたりやめたりすることもできず、
「まあ、とりあえずこのままで」と言うことになるのも
政治の世界だけの話ではない。
こうなってくると、問題意識なんて持たずにいた方が無難
という気持ちにさえなっていく。
こうした現象は、社会の中だけでなく、
実は私たちの心の中にもしばしば起きている。
今の自分に満足していなくても、
何かと問題も起きてどんどん疲弊していく自分を感じていても、
思い切って自分を変えていくことにはためらいも抵抗もあって、
結局は現状維持を良しとしていく。
カウンセリングを受けに来てまでも、
最後はそういう選択をしてあきらめてしまう人も少なくない。
「余計なこと」は考えずに、
ただただ流れに任せてボーッと生きていくことに甘んじていく。
そうした姿勢を基本としている人は、やること言うことのどれもが、
単なる「茶番」と化していく。
それに慣れきっているので、
世の中で延々と繰り広げられている「茶番」劇にも麻痺していく。
「茶番」でしかないと思えるようなことが、
いつも、どこでも、相変わらず繰り返されている今の社会に、
多くの人があきれつつも諦めの気持ちに流されている。
政治の世界だけのことでなく、社会の至る所で繰り広げられている「茶番」。
「問題を認めない」、
「問題を明らかにしない」、
「問題を本気で解決しない」、
「自己保身と現状維持を最優先した選択を漫然と取り続ける」、
あなたもとっくに気づいているはず。
新聞もテレビのニュースも、
そのどこに真実があるのかが判断できなくなっている。
マスコミはとっくに正義や真実を追究することをやめている。
真実・事実はSNSの中にしかないとさえ言われる。
日本語特有のあいまいさ・多義性も関係しているが、
討論と言いながらも、基本的なコミュニケーションが成立していない
不適切な言葉の応酬に明け暮れている姿は滑稽でしかない。
へたに正論を口に出すと、
「毒を吐いている」と言われたりもする。
「毒舌」というレッテルを貼られることもある。
どちらも、大抵は社会的に望ましくないネガティブな行動としてとらえられる。
ところが、そこで口から出た言葉は、
実は物事の本質や核心を鋭く突いていることが多いので、
言われた方は必ずしも気分は良くないものの、
「ドキッ」とさせられやすい。
なぜ、ドキッとするかと言うと、
実のところ自分も本当はそう思っていたことを、
自分は口に出すのをはばかっていたのに、
それを堂々と言われたからである。
そのことに驚いたり呆れたりしつつも、
自分の代わりに言ってくれたことをちょっと喜んだり、
それを口にしたことをちょっとうらやましく感じたりもするのかもしれない。
言った本人だけでなく、それを聞いた人も、
なんだかんだ、気持ちがすっきりすることが少なくない。
なのに、こんな手軽なストレス解消法を、
なぜ世間では否定的にとらえるのだろうかと、これもまた不思議に思えてくる。
それは、「思っていることをそのまま言葉にするのは良くないこと」
と教えられてきたからである。
なぜ良くないのかというと、
その場の雰囲気を悪くする、
人間関係をぎくしゃくさせてしまう、
賢い大人はそういうことをしないものだ、などだろうか。
それとともに、
「本当は自分も言いたいけど、それは言ってはいけないことだから、我慢している。
それなのにそれを平気で言う人がいるのは許せない。」
という気持ちがあるように思える。
本当なら自分も思いっきり毒を吐きたいのかもしれない。
自分が思っていることを、誰に遠慮することもなく、
堂々と言葉にしていくことは大切だと思う。
「周りから嫌われないように」、「周りから変な目で見られないよう」
と自分を抑制していくのは所詮無理がある。
目の前の誰彼関係なく自分の思ったことを
そのまま口に出すのは望ましいとは言えないだろうが、
必要なときには、それを必要としている人に対してであれば、
「あなたもそう思いませんか」という問いかけをしていくこともありだと思う。
それを毒舌・毒と感じるか否かは、
その相手が決めることであって、
そう思った人は聞き流せばそれで良いだけである。