時間が無いから、本を読む。。。。。 | _

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誰だったかな~。著名な人が言っていた。

「時間が無いから、本を読めないのではなく、本を読まないから時間が無いんだ」と。


最近の自分は、仕事とプライベートはほぼ同一線上に考えて仕事をしています。

効率が良いからです。

なぜなら「飲食業」というのは、生活基盤の「衣・食・住」

の「食」にリンクする職業だからかもしれません。

しかし、全くこれらに関係無い仕事に就いていたとしても、

何かしら繋がっているものです。


例えば営業の仕事。

詳しくは分かりませんが、対人コミュニケーションが重要な仕事。


この対人コミュニケーションって、人と関わる時点で、プライベートも

仕事も接点は一緒だったり。



だったら、プライベートの中に仕事に繋がるヒントが隠れていたりして。。。

という考え方。


仕事とプライベートをしっかり分けたいって言う人は、単純に

「目の前にある仕事」というものを「休み」という所に持ち込みたく
ないだけだと思います。

自分は休みだからと言って、「家庭で料理は一切やらない」

とは1ミリたりとも思いません。

やってる事は同じ様に見えても、そこには「対価」は無いから。
仕事ではないんです。





休みが無くて大変だったり、余裕が無いって言う事は

分析すると、精神的、肉体的に疲れを取るということが

その人の中での「休み」でありその欲求を満たせられていない
ということなのではないかと。



逆に「休み」というものがしっかり取れて、余裕がないということはどういう事
なのか?

それは個人の考え方、気持ち、時間の使い方に問題があるのでは
ないでしょうか?




よく自分は「ちゃんと休めてんの~?」

聞かれます。

で、「休んでますよ~」って返します。

たとえ日曜日に仕事をしていたとしても。。。。




なぜなら自分の中での「休み」の定義が一般的な定義とは異なるから。

みんなが休んでるときに働いている=みんなと異なる=ストレスと思ってしまう。

自分はその考えではありません。
そもそも人と同じが嫌いだからというチョーあまのじゃくだからです。




だから例えば、自分が思いっきり休みと感じられる濃い時間を半日でも1時間でも、月に1回でも味わえたら絶対に「休み」に対して不満は感じないんです。


だから、「休んでないでしょ?」と言われても何とも思わない。
だって自分の中の「休み」の定義を満たせているから。

人それぞれ定義は違うので、あくまで自分の考え方。




肉体的な疲れは、睡眠と栄養で回復する。

精神的な疲れは、、、分からないが。



日々に追われて時間無く感じて、余裕が無いと思っているのであれば

逆にフラットに客観的に物事を考えられる時間を取ってみたら、何か

が見えるかも?無駄だったことや、何だ~!ってことが見えてきたりして。


「時間が無いから、本を読む」

この意味って「本を読みなさい」って事ではないという事

がなんとなく分かってくると思う。



仕事が、やらなければいけないことがたくさんある~って感じたのなら

尚更、目の前の事は整理しなければいけないと思う。



目の前の事で悩んでしまうのは大体の人に共通すると思う。

でも本来の目的があるのならば、その目的を思い出してみては?


そうすればちっぽけに見えてくるかもしれない。


「今」に余裕がなくて楽しく無いのであれば、まず「今」
を楽しくしていない原因を考えるべき。

そして、楽しくしていくことを考えてみた方が単純に楽しく
なっていかないだろうか?


それをもせずに全てを否定するのは本当にもったいない。


黙っていても何も変わらない。

ツマラナイ、余裕が無いのであればそれを改善することを

考えて実行すればいいだけ。


やれ誰がどう言うからとか、言ったのにやってくれないとか
関係ない。受け身ではツマラナイ。


全て自分次第。

だって楽しく、余裕を感じたいから。

だから、そうするだけ。






今日、読みたくても読めなかった本をやっと、ムリくり読みました。


内容ともあれ、その結果、今まで思い付かなかった事に気付き、


感動し、好奇心が湧き、ウズウズしてきた。


これだけで自分の休みは十分に満喫できた。明日から楽しみだ。


人生の中で働いている時間は人生80年で考えたら40年はあるのかな?


だったら働いている時をいかに楽しくするかを考える事が大事

なのでは?



なーんて、たった1冊の本を読んでこんなことを考えてしまった。


妄想癖な料理人でした~。