東野圭吾さんが亡くなってしまった
なんて悲しい
惜しい人がいなくなってしまった
東野圭吾さんの本は何冊か持っていて亡くなったニュースを機に手持ちの本をパラパラと見ていたのだけど、なんとポンコツな私の頭は一度読んだはずなのにすっかり内容を忘れていてまるで初めて読むかのように楽しくのめり込んでしまった![]()
何度も楽しめるという点では嬉しい機能だけど、せっかく読んだものをこんなに忘れてしまうの?と思ったらなんだか怖くなって、
せっかくなので記録として読書感想文を書いてみることに✍️
レビューとかそんな大層なものではなく、本を読んで思ったことをつらつらと
「犯人はこの人でトリックはこうです!!」
みたいな明らかなネタバレは避けておくけど、思ったことをそのまま自分用の記録として書くので今後読む予定があって何も知りたくない人は読まないでおくれ🙅♀️
ちなみに音楽は全然関係ないので興味ない人も回れ右でお願いします![]()
ということで記念すべき1冊目はこちら📕
東野圭吾の本の読書感想文①
悪意
本を読み始める時、私はなんとなく勝手にその文章は主人公の主観ではあるものの事実が書いてあるのだと思って読み始めている。
というかそんなことを意識することもなくそうしているのだけど、この本を読んだ後、書いてあることが真実とは限らないことに気付かされる。
ニュースでもなんでも、もしかしたら種明かしをされることがなければ私は誰かが悪意を持って書いた文章を信じ続けることになるかもしれない。
この本は野々口と加賀という2人の人間が書いた手記が交互に展開されていく形で物語が進んでいくのだけど、起こった出来事はそれぞれの目線によって全く違う印象になってくる。
最初はAだと思っていたことがBになって、
Bだと思っていたことがCになってAになる。
意味がないと思っていたことに意味があり、
意味があると思っていたことが無意味になる
そのどんでん返しが東野圭吾節という感じで個人的にはたまらなく好きだ。
映画シックスセンスもそうだけど、結末を知ってから改めて見てみると「ああそういうことなんだ」と別の楽しみ方ができるのがとてつもなく楽しい
なので私はわりとネタバレOK勢なのかも
二度楽しめるうちの一度は失われてしまうけれど
この世の中はある一定の角度から見ているとAが真実なのだけど、ちょっと見方を変えればBが真実となり、それでもAが完全な嘘というわけでもなかったりする。
そんなことを私達は知らず知らずの間に経験しているんだろうなと思うと、面白いような、ちょっと怖いようなそんな気がしている
そしてこの物語のすごいところは
普通殺人事件が起こった場合、殺したことをどうやって隠すかが大事になってくるので自分がいかに疑われないようにするかなどアリバイ作りが大事になってくるんだけど、
この物語は殺したことを隠すのでもなくそれはもう確定事項として進んでいく。
そしてその「動機」が大事になってくるのだけど、その動機すら二転三転していくのである。
動機あっての殺人事件ではない
殺人事件あっての動機なのだ
何かことが起こる時「理由」というものが必ず付きものだと思いがちだけど、世の中には案外理由なんてないこともあるのかもしれない。
人間は「理由」が欲しい生き物だから(少なくとも私はそうなんじゃないかと思ってる)
「どうして生まれたのか」「どうして生きているのか」なんて考えがちだけど、それは人間が進化しすぎて脳みそが大きくなりすぎた弊害な気もしている。
ちょっと話しがそれたけれど、この物語は人間に潜む理由なき「悪意」が根源となって構築されていく
なぜ?どうして?私がこんな目に?
なんていう理由なき悪意がきっとこの世の中には蔓延っていて、今日も誰かが苦しんでいるのかもしれない。
私は大金持ちでもなく特別な人間でもないけれど、そんな大きな「悪意」に晒されたことは今のところ一度もないので(あったのかもしれないけど記憶にはない)そう思うとここまでのほほんと生きてこられたのは幸運なのだろうと思う
それでもいつどこでそんな悪魔のような「悪意」に触れてしまうかもしれないのだから人生というのは本当にわからない
もしかしたら野々口のように自分の死に直面してはじめてそういう悪意が芽を出してくることもあるのかも
暴力や兵器なんかとは違う、
目に見えない底知れぬ「悪意」
それこそが人間という生き物の本当の恐ろしさなのかもしれないと考えさせられる一冊でした。
総評![]()
とっても面白かった!
あんまり救いはないけど、何回読み直しても面白い本!
また読んだら書きます📝
暑すぎるしどこいっても混んでる8月はエアコンの効いた部屋で読書がコスパ良しかもしれん![]()
