こんにちは、新所沢の学習塾スピカ、室長の酒井です。
最近、友人たちの誕生日が多く、
それに伴い誕生日おめでとうのメール、誕生日プレゼントを送る機会が
普段より多かったのですが、
「おめでとう」と言えば「ありがとう」が返ってくる、
そんなポジティヴな言葉の交わりにほっこりしています。
誕生日は、その人にとって大切な記念日ですが、
なぜか私にとっても心に残る大切な日となるのです。
◇
ところで、私の使っている手帳(ほぼ日手帳なんですが(笑))に、
こんなことが書いてありました。
「なんでもない日、おめでとう」
私は
「記念日じゃない毎日も、記念日とおなじくらい大切に生きよう」
という意味だと勝手に解釈しています。
確かに、記念日とは「ひとが自分でその日を記念日にした」に過ぎず、
毎日は毎日で、本当は1日の価値に優越なんてない。
そう考えると、なんでもない日にどう生きるか、というのは
非常に大切になってくるのではないかと思っています。
◇
おそらく、あの言葉は不思議の国のアリスの、
「誕生日じゃない日の歌」から引用したものでしょうか。
君と僕とが生まれなかった日
めでたい なんでもない日
祝え なんでもない日
祝え なんでもない日 万歳!
なんでもない日 万歳!
(僕の) (誰の?) (僕の?) (君の?)
なんでもない日 万歳!
(君の?) (俺の?) (そうだ!) (俺だ!)
乾杯しよう 祝おう おめでとう
なんでもない日 万歳!
ヤッホー! ヤッホー!
誕生日は1年に1度っきり
そうとも たったの1回さ
でもなんでもない日は364日
ってことは?
年がら年中お祭りだ! 万歳!
なんでもない日 万歳!
(私に?) (そうだ!)
なんでもない日 万歳!
(私の?) (そうだ!)
さあ ロウソク消したら願いが叶う
幸せやってくる
なんでもない日 おめでとう!
きらきら光れコウモリさん 一体お前は何してる?
この世をはるか下に見て おぼんのように空を飛ぶ
◇
スティーヴ・ジョブズのブーム(?)がやってきたときに、
やたら伝記や名言集が流布しましたが、
どの本にも、この言葉だけは必ず載っていました。
「もし今日が人生最後の日だとわかっていたら、どんな風に一日を送るだろうか?」
2005年6月12日に行われたアメリカ・スタンフォード大学の卒業式で、
スティーブ・ジョブズが行ったスピーチでは、
「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを私は本当にやりたいだろうか?」
という言葉が使われています。
実は、私が感銘を受けた過去の偉人たちはみな、このような意味の言葉を遺しています。
かの松田松陰も、
「ひとは、その最期のときの覚悟をもって、生きなければならない」
という言葉を遺しているのです。
◇
ところで、時間に対して、どのような感覚を持っていますか?
よく、「お金がもっとあればなぁ」とか「時間がもっとあればなぁ」とか、
そんな風に私たちは考えますが、
時間は増やせるものなのでしょうか。
ひとは、生まれてから、同じように死に向かって進んでいきます。
もちろん、死ぬ時期はバラバラだし、いつ死ぬかわからない。
つまり、お金は人によって増えたり減ったりしても、
時間は平等に減り、決して増えないのです。
そう考えると、時間とは、自分の命を削って生み出したものだと考えることができます。
仮に時間に対する価値がどんなときも等価だとしたら、
記念日でも、記念日じゃない日でも、全力で生きるにこしたことはない。
毎日、同じことの繰り返しかもしれませんが、
そんな日々でも、是非、全力で生きようと決意した酒井なのでした。