答42 「エロース」「アガペー」「フィリア」の3つの愛から具体的に、そしてスピリチュアルに紐解いてみましょう
本日の問答記録 (2016年 1月 ヨヨギ某所)
まぁちゃん
、、、、、、
先生方、、、
なかなか難しい問いが読者の方からきました!
「愛」です。
もっさん
「愛」って、ひとことで言っても、いろいろですね。
男女の恋愛、親子の愛、他者への愛や、仕事への愛、神様への愛、
家族愛、動物への愛、つくす愛、奪う愛、与える愛、、、。
まぁちゃん
そうなんです。
考えだすとどうも捉えどころがなくなっていくんです。
「愛」ってなんでしょう?
マナブー先生
まず「愛」という概念自体とても西洋的なものでしょう。
日本にはそもそも、この「西洋的愛」の概念はなかったと思います。
仏教の「慈悲」は、愛と同じだという人が結構いますが、厳密には、
ちょっと違うものだと、私は考えています。
「愛」はさまざまな性質を含んでいることをふまえて、
今回はその性質ごとに、わかりやすく、「エロース、アガペー、フィリア」という、ギリシャ語の3つの概念におおきく分けて考えていきましょう。
まぁちゃん
よく意味はわかってないのですが、エロースとアガペーは聞いたことがあります!
フィリアとはなんでしょう、、、、??
マナブー先生
ではまず「エロース」から話をしていきましょう。
遡ること西洋では古代ギリシャの時代から「愛」は語られてきました。
哲学者プラトンは著書「響宴」で、「エロース」=「愛」の、その最初の段階はやはり男女愛(同性愛もふくめて)からはじまるとしています。
肉体への愛から始まり、より精神性の高い愛へ、さらに知恵、叡智の愛へ、そして最終的には神への愛へ──というように愛は上昇していくものと書かれています。
実際、ギリシャの「エロース」は、恋愛や性的な事柄も含みますが「それだけではない」のがポイントです。
つまり、「エロース」は「愛する対象」がハッキリにあって、それに向かっていく「上昇していく愛」のことを言います。
自分よりより高みにある対象との一体化を求める愛ともいえます。
もっさん
別の言い方をすれば、、、「エロース」は自分の成長のためにある。
自分に足りないと感じるところがまずあって、そこを満たしたいと思う。
そこが満たされないままでは、さらなる高みへ「上昇」できない──という側面もあるかと思います。
それは、好きな相手への所有欲からはじまる場合もあるだろうし、誰かへの奉仕からはじまる場合もあるかもしれません。
それぞれそこでの学びが違うだけで、なにかしら自分を満たすための行為です。
例えば、、、不倫など一見社会的にはNGな恋愛であっても、そこで体験することでしか満たされない、次のステップにいけないという部分もあるのかもしれません。
満たされないものを満たす。これも「エロース」のひとつの解釈でしょう。
まぁちゃん
自分にとっての価値のある対象に向かって、対象との合一をもとめて、上昇していく愛。
自己を満たす愛──「エロース」の愛は、質、というより行い。なんですね。
ところでちょっと話は逸れますが、いままでこの「エロス」というと、
どうも性的なイメージが先行していたので、いまのお話しで本来の意味はよりゆたかな意味を含んでいると知りました。
マナブー先生
日本では、エロースの性的なニュアンスを際立たせた言葉の使い方が際立って強調されてきた、という場合もあるかと思います。
ただ、一般的には愛と言えば単純に「愛情」をさすのがふつうでしょうし、そのなかでも「男女愛」や「恋愛」はとても重きが置かれています。
先に話した「ギリシャ的な愛/エロース」でもはじまりは男女愛です。
というのも、やはり好き嫌いをしっかり区別しないと、人間は生きてはいけないからではないでしょうか。アストラル体の性質から生まれてくる、こういった「好き/嫌い」の感情は、根源的なものであり、人類の生命を維持するためにあります。
性行為もほ乳類の仲間である人間にとって、種が絶滅しないために必要なシステムです。
だからこそ、どんなに人間が洗練されていったとしても、特定の人間を好きになるという欲求が生まれるのは自然のことだと思います。
まぁちゃん
ふむふむ。
では本題に戻りまして「アガペー」とは? どういった愛でしょうか?
マナブー先生
「アガペー」はキリストが示した「愛」です。
さまざまな愛をとりあつかうキリスト教のなかでも、最重要なものであり
純粋な無私の愛、見返りを求めず、他者に与える愛であり、自己犠牲的な愛。
先に話した「ギリシャ的な愛/エロース」にあるような、
対象があって合一を求めるような他者との愛情とは異なる、自立したものです。
ひとから奪うものでもなく、また無条件にあふれている愛ですね。
まぁちゃん
うーん。それって相当すごい愛ですね!
実際、そんな方っているのでしょうか、、、、?
マナブー先生
、、、、実際は、ほぼいません。(苦笑
もっさん
でも、それに近い方はいますよね。あるいは目指しているひとはいる!
マナブー先生
そう、身近でいうなら、セラピストの方には真剣にその「キリスト的な愛/アガペー」を高めたい、と思っている方が多いと感じています。
もっさん
ウンウン うなずきながら)
やはりセラピストというのは職業柄、「キリスト的な愛/アガペー」の姿勢に、いやがおうにも取り組まざるえない外的要因もあるかと思います。
多くのセラピストは特別賃金がよいわけでもなく、名声やお金といった物質的な満足度は低め。
つまり外側から満たされる可能性は極めて少ないんです。
そのため、最初はクライアントを施術する、というところからはじまっていても、
さまざまな方々と接していくうち、それが次第に奉仕の姿勢に近づき、だんだんと与えることで満たされるという感覚が強くなっていく傾向があると思います。
奉仕の姿勢のなかに自分自身の安心感が生まれてくる感じはありますね。
マナブー先生
わたしの仕事は研究者ですが、カウンセラーやセラピストにも向いてる、、、なんて昔はひとから言われたこともありました。
でも「ひとを選ばす奉仕する、好き嫌いを超えて相手のよさを認める」というのはなかなか難しいことですし、仕事としてはわたしには向かないと。。。
セラピストのような職種は、まさに「キリスト的な愛/アガペー」を追求しやすい条件をもった仕事だと思います。
まぁちゃん
無私、見返りを求めない、自立した愛が、キリストのアガペー。
そのひと自身の資質、本質による愛、という感じですね。
最後になりましたが「フィリア」とは??
マナブー先生
「フィリア」は友人の間にあるような「友愛」です。
「キリスト的な愛/アガペー」が上昇する愛なのに対して、こちらは水平方向の愛。
ギリシャのアリストテレスも述べているように、政治的な共同体で生活する人間にとって必要不可欠な愛が「フィリア」であり、
キリスト教的な文脈で表現するなら、ブラザーフット、人種や国家などを越える人類への同朋愛や兄弟愛になります。
人間にとっての愛はどうしても「エロース」が中心になりがちですが、「フィリア」の愛の視点をもつと視野が広がり、社会全体をみて、
困っているひとに手を差しのべよう、助け合おうと考えるようになるでしょう。
ボランティアや寄付といった行為もこの「フィリア」に根ざしています。
スピリチュアルな視点からするとこの3つのなかでわたし自身が、いちばん注目しているのは、この「フィリア」で、今の人類の転換点でとても重要な人間間の愛の要素になるんじゃないかと思っています。
まぁちゃん
おお、そうなんですね。
水平方向へひろがる愛、社会全体にひろがる友愛が「フィリア」。
ボランティア精神のベースになるという点でも注目です。
もっさん
現実的な表現として言うなら、
エロースは感情的な行動、アガペーは本質的な見守り/不動、フィリアは知的な行動 とも言えますね。
3つともそれぞれの「愛」ですが、
マナブー先生、この3つ、スピリチュアル100問100答らしく、
スピリチュアル、エネルギーの観点で愛をみるとどうなんでしょうか?
マナブー先生
この3つをチャクラの観点からみると、
ふつうのひとが考える愛、愛情、情愛といった「エロース」に象徴されるチャクラは仙骨センターから太陽神経層でしょう。
「エロース」の質が高まっていくとともに、下から上へ、仙骨センターから太陽神経層、そしてハートセンターへ向かって上がろうとするエネルギーになっていきます。
ついでキリストの「アガペー」。こちらを象徴するのは、脊柱上にあるより霊的なハートセンターのエネルギーのチャクラになります。
キリストが示した無私の愛の供給源は脊柱上のハートセンターであり、そこはいつでも宇宙的なエネルギーが満たされおり、大宇宙と小宇宙が繋がっていることをあらわします。
そして「フィリア」は、のどセンターとハートセンターのエネルギーのブレンドと言えるでしょう。
仏教で言う慈悲に近く、互いを理解して視野を広め助け合う、ときとして知性からのアプローチが特徴になります。
エネルギーの流れでみると、「エロース」は下から上、「フィリア」水平、そして「アガペー」は上から入り横に広がるような流れのように感じます。
また、ここでいう「ハートセンターとつながる」というのは、エソテリック・ヒーリング言うところの、魂と100%つながっている状態になります。
見返りを求めることなくあふれる愛、そこを目指すのであれば、エロース的なアプローチとフィリア的なアプローチ、両方から近づいていくことが可能で、最終的にはアガペー的な純粋な愛と一致する、という感じでしょうか。
まぁちゃん
3つの愛をまとめますと、、、、
①自分より高みにある対象との合一をめざして上昇する「エロース」。感情的な行動。仙骨、太陽神経層からハートセンターにのぼるあたたかいエネルギー。
②見返りを一切求めない無私の、無条件にあふれる「アガペー」。本質にねざした見守り。大宇宙と小宇宙がつながった無限に供給されるハートセンターのエネルギー。
③人種や国をこえ社会に根ざした慈愛の「フィリア」。知性のある行動。のどセンターとハートセンターの知的な混合エネルギー。
漠然としていた「愛」も、こうやって整理されるとクリアにとらえられる感じがします。
自分が求めてきた愛とはどれか、いまどの愛を行っているのか、そしてこれから目指すのか、、、なかなかふか~いお話。
本日はありがとうございました。(^-^)ノ
マナブー先生&もっさん
ありがとうございました(^-^)ノ~~(^-^)ノ~~

Photo credit: Muffet via Foter.com / CC BY