問10 死者が見えたり、会話をしたり──「霊感」「霊能力」てなんでしょう?
答10 「霊感」はアストラルレベルの高次な能力。取扱いは慎重に。
本日の問答記録 (2015年 5月 ヨヨギ某所)
まーちゃん
今回は「霊感」「霊能力(者)」についてです。
「霊(幽霊)」は、日本ではとってもメジャーな「見えない世界」ではないでしょうか?
夏には怪談、古典から現代まで本や映画などの題材にもよく登場しますし、「霊能力者」が困り事にアドバイスするテレビ番組や特集記事も過去にもたくさんありました。
それに加え、このブログを読んでいる方のなかにも実際「見えます」「聴こえます」「除霊体験あります」なんていう方もいるかも???
もっさん
「霊」関係は多くのひとが興味があるジャンルですよね。
昔から語られているだけあって、疑問を持たず受け入れている方もいるでしょうし、あるいは根拠がないのでそういう存在はいないと考えたり、あるいはとっても怖いものと捉えている方もいるかもしれません。
とっても身近な話題だから、改めて「霊」とは何かを再確認してみるのはいい機会ですよね。
実はスピリチュアルな視点で知ると「霊」は納得できる存在なんですよ~~。
マナブー先生
そうですね!
では順を追ってひとつひとつを理解していきましょう。
まず「何かが見える」という現象。
これにはふたつの段階(レベル)があります。
ひとつはエーテル体のレベル。これは「オーラ」や「気」が見えるというものです。
(5/2ブログ参照http://ameblo.jp/spibi/entry-12021497239.html )
しかしながらこのレベルだと「霊」などは見ることができません。
つまり「霊が見える(霊能力がある)」というのは「オーラが見える」とは違うということなんです。
ではつぎに「霊が見える・聴こえる」のはどのレベルかと言うとアストラル体のレベルと言われています。
霊界、いわるゆる死者の世界はアストラル界とされていて、それと通じるのがアストラルレベルの視力と聴力です。
これは状態的には太陽神経層のチャクラが開いている状態で起きると言われます。
(アストラル体については→
問19 アストラル体とは? どんなからだなのでしょう? http://ameblo.jp/spibi/entry-12049005892.html
参照)
話を戻し、エーテル体レベルの「オーラ」ですが、これは誰でもトレーニングすれば通常の視力の能力が高まり、程度の差はあれど実は誰にでも見えるようになると言われているんです。それはピアノを熱心にレッスンすれば上達するのと同じ。
しかし「霊能力」はその特別な能力ゆえ、開発のトレーニングを安易に行うのはとても危険だという見解があります。これにはわたしも同意見。
生まれながら「見える」能力が備わっている場合は、前世からの能力であったり、前世で霊的修行をしていたりするのではないでしょうか。
この特別な能力に憧れたり、魅力に惹きつけられることはあるとは思いますが、それを追い求めるのは、自分を傷つけることになりかねません。
もっさん
確かに、、、。
ヨーガスートラ第三章で語られるシッディ(超能力などの一般人にない特別な能力)に関する記述にも、そういう能力は霊的修行のなかで出てくる副産物であり「そこにこだわってはいけない」とちゃんと明記されていますよね。
マナブー先生
というのも「霊能力」はアストラルレベルの「高次の能力」。
人間の長く続く霊性の進歩の暦で考えたとき、現代においてはその太陽神経層のチャクラは閉じているのが「健常の状態」と言われています。
「憑依の危険」もあるため、いまは基本的に閉じていないといけないところなんです。
前時代的には開いていたとも言われるチャクラですが、今の時代はあえて閉じておくことで別の部分──
言語や科学などの進化が促進したと考えられます。
まーちゃん
・・・・・・・(きょとん
なにやら「憑依」とはただならぬ話で、、、
それは、どういう状況ですか?
マナブー先生
わたしの解釈では「霊能力」も生まれつきや、過去の霊性を高める修行などで、健全な形で開かれている場合はかまわないと思うのです。
が、時期尚早であったり、例えば薬物などによる無理な条件付けで、エーテルレベルとアストラルレベルを隔てている境界線にある保護膜を破ってしまったとき──その破れから「霊的存在」が侵入する、いわゆる「憑依」した状態になる危険が高まると言われています。
そういう人たちは、まだ低級霊に共鳴するところがあり、疲労したりしていて自分の意識が受動的になったときに、意志に関係なく別の存在、特に私たちの生活している地上付近に残っている低級霊の侵入を許してしまいやすくなってしまうのです。
まーちゃん
低級霊というのはたとえばどんな霊なのですか?
マナブー先生
浮遊霊とか自縛霊と言われるような、まだ地上に未練がある、いわゆる成仏していない霊的存在です。
まーちゃん
ウーン、、、、
求めていないのに勝手に霊的存在が入ってしまうなんて、それは困る!
例えば~~「憑依」されてしまったら、実際その方はどうなるのですか?
マナブー先生
自分の脳のコントロールを失い、多重人格的になって、本人とはまったく違った言動を行うようになります。
西洋医学的に言うと、見かけは統合失調症の症状とみなされますが、明らかにそれとは違うケースもあります。いわゆる「除霊」をすれば、普通の状態に戻るパターンがあるからです。
しかし、それによって自身の「保護膜」が修復されたわけではありませんから、気をつけないとまた別の霊に憑依されるということが、起こりえます。
まーちゃん
なるほど、それはちょっと怖いお話ですね、、、
もうここまできたらもう少しつっこんで聞いてみたいのですが、
具体的にそういった存在に「入りこまれないような策」はありますか?
マナブー先生
まず、そういった特別な能力に、あんまり興味をもたないというか執着しない。
プラス、変なトレーニングをしない、ということですね。もちろん、薬物は絶対使わない。
なぜそのことを重ねて言うのかと言えば、一度破れてしまった保護膜を修復するのは、とても難しいからです。ヘタをすると、一生を棒に振ってしまうことになりかねませんから、本当に怖いことだと知っていてください。
一般的な話としても、本来スピリチュアルは神聖な領域を扱うものです。利己的な欲からの興味であったり、中途半端な気持ちから、、、、は早目に卒業して、ぜひエソテリック・ヒーリングなどの硬派スピリチュアルに興味を持っていただき、一緒に真剣に学んでほしいと思っています!(笑顔
まーちゃん
今日のテーマ、話が進むにつれ、この場が何とも言えない緊迫したムードに包まれつつあったのですが、、、
マナブー先生落とし所を「そこ」にもっていきましたね (笑
では今回の締めとして、読者の方からの質問に答えてもらい終わりにましょう。
死者を呼び寄せる「降霊術」ってほんとうに呼び寄せているのかどうか?
このちょっと怖いような、ちょっと怪しげなニュアンスも漂うコンタクト法へのマナブー先生の見解を教えてください。
マナブー先生
もちろん本物の「降霊術」もあると思っています。
有名なところではイタコの方などはもともと素質があって、さらに伝統的な訓練を受けているので死者を呼び出せる確率は高いかもしれませんが、
一般の霊能者の場合、そうでないケース──
集団催眠とか、依頼者のオーラに含まれている情報を読み取って死者が語っているがごとくに話をしているとか、、、タチが悪いと詐欺的行為といえるようなものも結構あるんじゃないでしょうか。。。
また実際身近な故人だけでなく、キリストやブッダなどの有名人が降りてくるという例もよく耳にしますよね。
これは、ちょっと面白いこぼれ話ですが、アストラル界の霊のなかに著名人を名乗る存在がたくさんいるとされていて、その霊が本物になり代わって語っているケースが100%に近いと。
なぜそんな事が起こるか? 不思議に思われるかもしれませんが、
人々が熱い思いをよせるような存在の場合、それへの人々の願望や思慕の念などの想念のエネルギーがぎゅ~っと集まり、形態化して現われることがあるそうです。これを「想念形態」と言います。
それはまるで「実在する霊的存在」のように動き、振る舞い、語り出すそうです。
まーちゃん
「想念形態」の霊、、、、!!!
「霊」の世界はなかなか一筋縄ではいかないですね~~。
納得したあとにさらに謎が深まるような。。。。。
ともかく、、、今日はほんとうにいろんな角度から
馴れ親しんだ「霊」へのスピリチュアルなアプローチができたと思います。
まだまだわたしには、しっくりくる部分、しっくりこない部分どちらもあり。
これは、ゆっくり消化したいですね。
それに語りつくしてない感じもありますしね!
今日はありがとうございました(^-^)ノ
マナブー先生&もっさん
ありがとうございました(^-^)ノ~~(^-^)ノ~~
