生きていると、さまざまな濁流に飲み込まれそうになる。


テレビからは目を覆いたくなるようなニュースが流れ込み、

インターネットの掲示板からは匿名で書きたい放題の文章、

街を歩けば電光掲示板からさまざまなな情報が流れ込んでくる。


他人からは愛のない言動を受け続けている。




この濁流に流されないためには泳ぎ続けるしかない。

濁流の中でもがき苦しんでも泳ぎ続ける。
生きている魚は決して川の流れのままに流されてはいない。
いきいきとしている魚ほど川の流れに逆らって濁流をものともせず泳ぎ続けている。


泳ぎ続けて行けば、清流が流れている、上流までたどり着ける。
泳ぎ続けてさえいれば、どのような状況でも、どのような環境でもいずれ変化していくだろう。






仕事帰りの電車の中、当然みな疲れていて早く座席に座りたいと思っているのだろう。
我先にと人を押しのけ若者が、中年サラリーマンが、女子高生が座る光景。


昔はシルバーシートといっていたが最近は優先席となっている。ある地域では専用席となっている。にもかかわらず文字も読む余裕がないのか、わかっていながら平然と座っているのかわからないが品性がない。
お年寄りに席を譲るのがいいことといわれるが、当たり前のことではないか。
自分が疲れていてもやせ我慢して微笑み席を譲ることができないものか
たぶん、すべてにおいて礼節をわきまえることができない人なのだろう。


このようなことはマナーが悪いという言葉で片付けてしまう。



「自分さえよければいい」



この世に生まれてきたとき、肉体という「個」の中に入っていることで、自分と自分以外の人と分けるように考えてしまう。
「類魂」という概念を完全に理解していれば「私」は「あなた」であり「あなた」は「私」。

他人の幸せは自分の幸せであると気づくはず。
どのような他人もたましいの目でみると、常に他人を思いやる行為が自然とでてくるもの。



たかが電車の席のことかといわれる人もいるかもしれないが、このひとつの風景だけをみても今の日本の問題を垣間見ることができる。


景気は幾分回復してきているようだ。


本日、新聞でも「需給ギャップが10年ぶりに二・四半期連続でプラス」と報じられている。

バブル崩壊以降の雇用環境は改善していると考えられる。


しかし、このようなご時勢になっても常にリストラに不安を抱き続けるサラリーマンも多いのではないか。
いつの時代も、リストラする側、リストラされる側、どちらも苦渋の決断を迫られるのには変化ない。
企業側より通告があったときには、目の前が真っ白になり、会社から必要とされていないことに意気消沈し自信を失うことになったり、現実的に明日からの生活をどのようにしてあけばいいのか不安になったりすることだろう。


あなたがいつも会社に対して最善を尽し、最高の仕事をしてさえいればリストラに合うこともないし、心配し不安になることもない。


「これだけやってリストラされるなら仕方がない」と思えるぐらい仕事に打ち込んでいれば大丈夫。
もし、万一そのようなことを通告されたとしても、次の仕事がすぐに決まるはずである。

たとえば、恋愛をしている時、相手にとって最高の自分を見せたいと努力を惜しまないはずである。

自分の子供に対しても出来る限りすばらしい最高の親でありたいと誰でも思うことだろう。


会社に対しても同じこと。


それでも、どうしても不安に思ってしまうのは「本当の力をつけるべき」とのメッセージなのかもしれない。
自分にできる最高のことを目指し一つ必要ひとつの仕事に最善を尽していく。

そうすることにより本当の力が身についていき、やみくもに思う不安は解消されることだと思う。