●それでも私は愛されたい! | 恋愛下手・重いと言われ自信を無くした女子が愛されて幸せな恋愛をする方法

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「自己嫌悪」が恋愛において強く出てきてしまうとどうなるか?

今回は回避依存傾向の場合を書いてみようと思います。

本とか、自分の経験、周りの経験ふまえて。


といいつつも、自分自身回避依存傾向どっぷりではないので、

本と、周りの人を見て、今までの知識総動員で書きます。

あくまで、個人的な考えを書いてます。


なんか違うよ~とか思ったら、ぜひぜひコメントなり、メッセなりください!

心理学者さんとか見たら、「全然違うってw」とか言われそうだ…。

だから早くちゃんとした勉強したいです。



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『回避依存傾向の場合』


私の私見ですけど、

原因としては自己嫌悪よりも、子どものころ、親の愛情を受け取れなかった

ほうが強いように思えます。

親に対しての罪悪感があるというか…しかも、無意識下で。

罪の意識ですね。悪いな、申し訳ないな、と思ってしまう意識。


罪悪感を感じることが子どもの頃に起きたら。

例えば虐待を受けた子ども。

暴力を振るわれて、「お前なんか生まれてこなければ良かったのよ!」

なんていわれて、親の機嫌が良いときだけかわいがられる。


虐げられたり、親が親として機能していないので、

本来親から子へ注がれる愛情が受け取れない状態です。



子どもは、「いやいや、お前(親)が悪いでしょ」なんて考えもつきません。

自分が悪いから、怒られる。機嫌が悪くなる。と。

自分が悪い=それは罪だ と、親に対して申し訳ない、罪悪感にかられる。



そうして育ってきてので、人の愛し方、愛され方が分からないので、

相手に対してどうしていいか分からなくなっちゃう。


(例え虐待でもそれは親からの”愛の表現”であって、

 子どもはその方法しか知りませんし、それが当たり前で育ちます。

 大人になって相手や子どもに暴力を”愛の表現”として繰り返す場合があります。

 それは違う話なので、またいつかの機会に)



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回避依存傾向の人の「見捨てられ不安」や「親密になるのが怖い

という思いは、

本当の自分(=罪な自分)を知られてしまったら、

みんな自分から離れていってしまうんじゃないか?


っていう恐れや、

その裏切られた感覚が怖いから、だったら最初から関わらなければいい、

っていうものがあるようです。本当は相手を大事にしたいのに。


その裏切り、怖さ、恐れは、子どものときにすりこまれたこと。

親に見捨てられないか。親に裏切られないか。

っていうのが根底にあるようです。けれど、もちろん無意識。


脱走者は、見捨てられる前に、裏切られる前に、

自分が傷つく前に逃げてしまえ。っていう感じ。


無意識にあるので本人は気づいていないけど、

そんなことがまた目の前で起きたらトラウマ級に心の傷なんです。

トラウマなんて絶対見たくないから、逃げ出しますよね…。


恋人の元を去るというのもあるし、

人と関わらないようにというのもある。

自分の罪を償うように、罰を与えるかのようにワーカホリックになって、

仕事に逃げる場合もある。それも、責任感とかじゃなく、強迫的に。


搾取者は、金品を要求したり、自分のために利用することで、

相手の愛が自分に向いてるんだ、というのを実感したいんでしょうね。

どれだけの要求をしても、相手は断らない。自分のためにしてくれる。

ここまで言っても相手は裏切らない。自分を見捨てない。

=自分は愛されている。


愛の飢餓感ですね。他の人から愛をもらったとしても、

「もっと、もっと」と飢えてるので、終わりはない。

しかも、本当に欲しい「親からの愛」ではないので、満足できない。

けれど、”自分が愛されている実感”がほしいので、止めることもできない。



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罪悪感があると、内に向かって自分を攻撃するタイプと、

外に向かって攻撃するタイプがいるんです。

前者は共依存傾向になりやすくて、後者は回避依存傾向になりやすいなぁと。


”内に向かって”は、自分攻撃ですね。まさしく自己嫌悪。

”外に向かって”は、相手・周りの人を攻撃してしまう。


心理学で「投影」といいます。
自己の悪い面を認めたくないとき、
他の人間にその悪い面を押し付けてしまうような心の働きを言う。
一般的には悪い面を強調することが多いが、良い投影も存在する。
Wikiさんより。



具体的にいじめとかいやがらせにあったとかじゃなく、

なんとなく「この人嫌いだ…」って人、いませんでしたか?


それって、自分の悪い部分、否定的な部分を相手に投影しているんだそうです。

自分の嫌な部分って、あんまり認めたくないですよね…?

それを相手がやっているとしたら、

相手を通して自分の嫌な部分をみせられていることになるので、

なにもされてないのに、なんとなく「この人嫌い…」になるんだそうです。


私の場合は、仕事をやっていて要領悪い人にはイラっとしてました。

ダメな自分を隠すために完璧に”できる人”に見られたくて、

ちんたらやって要領悪い人には見られたくなかったし、それは絶対ダメなこと、

っていう思いが強くあったのです。


なので、「絶対ダメな例」を目の前でみせられると、

「なんでもっと上手くできないの?」=実はダメな自分に言い聞かせてる

ってなってしまって、イラっとしたようです。




自分に対して罪の意識がある。けれど、自分が悪いとは認めたくない。

だから周りを攻撃する。

逆切れ状態」を思い出すと分かりやすいのかな?と。


独裁者はこれに陥りやすいかなと。

痛い部分を指摘されたり、自分の弱い部分をつつかれると、逆切れする。


「浮気したでしょ!」と問い詰められると、

浮気した本人が悪いときでも、「いや、お前が原因なんだ!!!」

と、怒って怒鳴ったり、暴力や威圧的な態度で相手を説き伏せたり。


相手に恐怖を生みつけることでコントロールしないと、

今度は自分がやられてしまう。

本当の自分は弱いんだということを思い知らされてしまう。


それは絶対にいやだ!という防御の一種。


ナルシシスト (narcissist)も、そういう点では同じなのかな。

ただ独裁者のように怒りを表すのではなくて、

自分のコントロールどおりにならないなら、相手は切り離す。

相手のことはお構いなし。


自分を気分悪くする存在、いらな~い。

自分の理想や考えと違う人がいたら、切るか論破する。

どれだけ自分の考えが正しいのか、徹底的に相手に分からせる。

それが行き過ぎて、攻撃してしまう。


(直接的な暴力じゃなくて、言葉の暴力とか。人格否定とか、無言の圧力とか)



だから、自分を賞賛してくれる人、いいことを言ってくれる人には、

とてもいい顔をする。


だけど、それから逸れると、

裏切られた、見捨てられた、自分は弱い、自分は悪いことをみたくないので、

巧みに自分の理想を押し付けて、相手を支配しようとする。



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全部無意識です。

なので、こういうことをしている人たちに「本当は愛が欲しいんでしょう?

といったとしても、認めません。


認めるどころか、「愛が欲しい」こと自体が自分の弱い部分なので、

怒るか切捨てるでしょうね。

人は図星をつかれるとそうなるものですから。




前の自分なら、

「なんてかわいそうな人たちなんだろう!私の愛を与えたい!!」

って思ってたんですが…同じように思った人はいらっしゃいますか???


だとしたら、あなたは共依存傾向なのかもしれませんよ。





愛を与えたいけれど、真意は愛が欲しい共依存症者。

愛が欲しいけど、真意は愛したい回避依存症者。

無意識で求め合ってるので、強烈に惹かれあうわけです。