全学体制という無責任体制
最近、勤務先の上層部が好きな言葉が、「全学体制」。
これがどうも胡散臭いというか、無責任体制の助長というか、赤字部門の隠蔽工作に思えて仕方ない。
たとえば、A学部で飛び入学制度を導入しようとする。これって、A学部の問題だと思うのだが、これを文理すべての学部から代表者を出して話し合うんだそうだ。どのような要件で飛び級を認めるのか、とか、入学後の教育体制をどうするか、などって、学部固有の問題だと思うのだが、これを全学で話し合って決めたという形にすることに よって、仮に失敗してもその学部だけの責任にはならない、ということになるのだ。
また、B学部が新たな取り組みを行うのに、多大なコストがかかるとする。しかし、そのコストの部分は明らかにしないで、「全学的な視点から見て、重要な取り組みだがら、全学でバックアップしよう。」となって、黒字部門の黒字がせっせとそこにつぎ込まれる。一度つぎ込まれる体制ができてしまうと、役所の予算と同じく、それがどんなに効果がなくて、非効率であっても残り続けることになるのだ。
さて、今度は何が全学体制で行われるのだろうか。