修論審査
修論審査も一応、学位の審査なんだけど・・・。TBの例ほど厳しくしちゃうと・・・。
日経新聞にも、先日、「最近の修論は10年前の卒業論文以下」なんて書かれていたけど、10年前の卒業論文のレベルがよくわからないので、この点は何ともいえません。でも、就職できなかったから、とか資格試験の免除のため、といった理由で進学してくるのが多いせいか、ひどいのが多いと思う。自分のゼミ生の場合、指導不足でしょ、と言われると反論できないけど、指導以前の問題もあるし(言い訳)。だって、文章が日本語じゃない。主語と述語が繋がっていない。あ~あ。
#おまえのブログも同じだ、といわれたりして。
しかし、修論審査も、理系と文系の差とか、大学の差があって面白いです。勤務先の理系の先生と以前話していたら、理系の場合、(1)少なくとも学会で1回は報告している、(2)学内の(公聴会というほどではない)発表会で発表する、という段階を経て修論を出すに至るらしい。
逆に、別の文系の場合(院生から聞いた話)、教員が一度ぐらいしか論文に目を通さないと言うぐらい指導がない、というケースもあるらしい。このような場合、修論審査では、院生ではなく、指導教授がしゃべりまくるらしい。
この他、最近の問題はやはり留学生でしょうか。内容もそうかもしれませんが、日本語がね。本人が書いているんだか、指導教授が書いているんだか、っていうぐらい区別が付かないケースもあるようで。
日経新聞にも、先日、「最近の修論は10年前の卒業論文以下」なんて書かれていたけど、10年前の卒業論文のレベルがよくわからないので、この点は何ともいえません。でも、就職できなかったから、とか資格試験の免除のため、といった理由で進学してくるのが多いせいか、ひどいのが多いと思う。自分のゼミ生の場合、指導不足でしょ、と言われると反論できないけど、指導以前の問題もあるし(言い訳)。だって、文章が日本語じゃない。主語と述語が繋がっていない。あ~あ。
#おまえのブログも同じだ、といわれたりして。
しかし、修論審査も、理系と文系の差とか、大学の差があって面白いです。勤務先の理系の先生と以前話していたら、理系の場合、(1)少なくとも学会で1回は報告している、(2)学内の(公聴会というほどではない)発表会で発表する、という段階を経て修論を出すに至るらしい。
逆に、別の文系の場合(院生から聞いた話)、教員が一度ぐらいしか論文に目を通さないと言うぐらい指導がない、というケースもあるらしい。このような場合、修論審査では、院生ではなく、指導教授がしゃべりまくるらしい。
この他、最近の問題はやはり留学生でしょうか。内容もそうかもしれませんが、日本語がね。本人が書いているんだか、指導教授が書いているんだか、っていうぐらい区別が付かないケースもあるようで。