1月21日、スクロヴァチェフスキ/読響、ブルックナー「交響曲第8番」(@芸劇)の演奏会に行ってきた。
スクロヴァチェフスキ(Mr. S)は御年なんと92歳、現役で活動している指揮者としては現在最高齢ではないだろうか。最近はさすがに来日も減っており、もしかしたら最後かも…と思った人も多かったのか、客席はほぼ満員の盛況であった。
驚くべきことに、Mr. Sは全曲を立ったまま指揮し(指揮台に椅子さえ置いていなかった)、しかも完全に暗譜であった。80分を超える、しかも大編成で複雑な構成を持つ、あの難大曲をである。繰り返すが、92歳の高齢である。ミネアポリスから日本に来て指揮をするだけでもどうかと思われる年齢なのに、まさに超人としかいいようがない。
しかし、もちろん彼の超人ぶりが真に発揮されるのは、指揮台の上でこそである。舞台に現れたMr. Sは、さすがに数年前に見たときよりも背中は曲がり、歩き方も少々危なっかしいところはあったが、指揮台に立つや否や、別人のようなダイナミックな動きを見せた。動きが大きいといっても、踊ったり飛び跳ねたりするような若手の二流どころとは、もちろん全く次元が違う。スケールの大きな動きである。時には体ごと第1ヴァイオリンに向き直ったりもする。
演奏は、生半可な「老成」や「円熟」などは薬にもしたくないと言わんばかり、苛烈なほどに峻厳な表現は相変わらずであった。彼は同曲を今まで数回録音しているが、そのどれとも違う大胆な表現がいくつも見られた。彼はまだまだ進化を止めていない。研ぎ澄まされた刃をさらに研ぎ続けるように。
読響は期待をはるかに超える奮戦ぶりだった。とはいえ、単になりふり構わず熱くなっているわけではなく、音楽はどこまでも明澄で、かつ音響設定は緻密極まりないものであった。Mr. Sは読響はよく振っているはずだが、ここまで仕上げるのには毎回かなりハードな練習をしていることだろう。何度でも言うが、92歳の高齢である。
演奏については多言はするまいと思うのだが、いくつか書いておこう。
第1楽章が異様な緊張感の中で終わり、人々の席や身じろぎでホールの空気がわずかにざわついていたのだが、指揮者はまだホールがざわついているうちに、指揮棒を振り上げると第2楽章を開始した。一瞬、ホールには驚きが走ったが、すぐに人々は音楽の世界に引き戻された。もちろんパフォーマンスの類ではないだろう。彼は客のために音楽をやっているのではない。いかにも彼らしい。
第2楽章は、特にスケルツォ部分の中間部をはじめとして、厳格な中にも極めて深い思い入れを感じさせる音楽だった。
第4楽章の最後の和音が鳴り響いたあと、すぐに一部の客が拍手を始めた。しかし、それは数秒で静まり、異様な沈黙が訪れた。音楽は全く終わっていなかった。空気は凍り付いたように止まっていた。指揮者が指揮棒を下ろすと、今度こそ割れるような喝采が起こった。
終演後、ヴァイオリン奏者に支えられて舞台に出てきたMr. Sは、近くで見てみれば、なんのことはない、小柄で痩せ細った、背中も曲り足元も覚束ない、一人の老人に過ぎなかった。指揮をしているときの彼は長身で腕も長いように見えたのだが、錯覚させられていたのだろうか。
Mr. Sのより一層の長命を心から願うとともに、彼の音楽のさらなる進化にも期待せずにはいられない。