木を見て森を見ないんだな

 

何件も病院に行ったけど

不調の原因は分からず

検査結果に異状はないので正常ですよ、

 

なんてよく聞くのだが

こんな風に言われたら患者さんは

どーしよーもない気持ちになっちゃうよね。

 

 

実際にこんな会話はしょっちゅうあるんだ。

 

 

こんなに医学が発展しているように見えても

まだまだ人間の体のことを深く理解できていないってことだよね。

 

 

いや、理解しようと思っていない感じすらある。

 

 

なんだか今はいいことと悪いことがかなりのレベルで

ひっくり返ってるから

もうここまでくると分かっててわざとやっているんじゃ・・

なんて感じてる。

 

もはや文明の末期の状態じゃないかな。

 

 

医療だけではなく

環境問題、食料問題、エネルギー問題、国際問題、

人権問題、などなどいろんな分野で狂ってきているから

個人的にしっかりと知識をつけていかないと

どんどん崖っぷちに追い込まれていくからね。

 

 

こんだけ逆転してくると

もはやそこに違和感を感じない人も多くなってしまうかも。

 

今の世の中の矛盾に慣れてしまうのは怖いことなんだけど・・

 

 

 

同じように医療機関での「原因は不明ですね」とか

「異常ありませんね」もなんか変じゃない?

 

どんなトラブルや不調にも必ず原因はあるはずなのに。

 

 

こんな疑問は当たり前のことなんだけど

この当たり前が当たり前ではなくなっちゃってる。

 

人間の体は検査して分かるようなそんなシンプルな作りじゃないと思うんだ。

 

検査は1つの目安に過ぎず、それが全てではない。

 

 

人間は1つの大きなアナログ的枠組みの中で生きているものだけど、それを狭い枠の中でデジタル的視点で見ているから

全体像が見えず行き詰まり思考停止してしまっている。

 

 

これが今の医療の弱点に思える。

 

 

調子がマジで悪いのに

検査結果では異常がないです・・・

 

えっ?

 

その先はないんかい(@o@)/

って思わず突っ込みたくなっちゃうんだが。

これが現実なんだね。

 

 

不調やケガ、病気などはそこに至るまでの道のりがあるものなんだ。

 

それを辿っていけば自ずといろんなことが診えてくるし

やるべき対処法も分かってくるけど

 

なにも診えないままただ薬だけ出されてては

とんだピント違いをしていることにならないかい?

 

 

原因不明で苦しんだり悩んだりしている人は

やっぱり何が原因なのかを知りたいと思うんだ。

 

それが分かっただけでも心が少し軽くなるだろうし

これから先のやるべきことも分かってくるから

より具体的に行動できるようになるもんね。

 

 

原因を探っていく方法はさまざまで

基本的には問診が一番大事だと思ってる。

問診では患者さんのいろんな情報が得られるので

ほとんどそこだけで原因は絞られていくからね。

 

あとは補助的に視診、触診、オーリングなどでさらに絞っていけば幅広い選択肢の中から確定的なものが導き出されるんだよね。

 

 

また原因はピラミッド的に上層部から下層部まで何種類もあるからその人のライフスタイルによっていろんなパターンが考えられるけど、このピラミッドの不動の頂点は何か?

 

 

それは「感情」なんだ。

前にも書いたと思うけどこれが様々なトラブルの原因の

トップオブザトップになる。

 

 

それだけ感情というものはさまざまな問題の始発点になるんだよ。

 

 

まあ、あれこれピラミッドの底辺にある原因を探るのもいいけど、それだと選択肢が無数にありチェックに時間も掛かると同時に根本的な部分への道のりがありすぎて

なかなかいい結果へと結びつかないものなんだよね。

 

 

そこへいくと、頂点にある感情は大きく分ければ

5つに絞られるのでこの中から探っていったほうが早いし確実なものになるんだ。

 

 

原因不明の不調や回復が遅くて悩んでいる人は

体調回復のためにちょっと視点を変えて

こんなことも参考にしてみれば

きっと自分の中の大きなしがらみに気づくかもしれないし

また、そこを乗り越えていくことで

自身の体の変化も感じてくるかもしれないね。