悲惨だ。
愚かだ。。
虚しい。。。
(-_-;)
ヤフーコミックで無料キャンペーンをやっていたので、
前から気になっていた、手塚治虫さんの「火の鳥」を読みました。
火の鳥とは、不死鳥
、フェニックスのことで、
その血を飲むと不死身の体になるため、
権力者などの奪い合いが起こるわけです。
SF未来ものであり、歴史ものでもあり、
様々な時代の様々な場面で繰り広げられる、生き残りをかけた戦い。
それをめぐる人間模様を描いた漫画です。
1954年から連載されたそうで、
そのころは高度経済成長で、西洋型の効率重視経済に偏っていった頃。
公害や食品添加物問題や、経済戦争、受験戦争。
ずるいことをしても、儲かったほうが勝ち。
みたいな時代だった気がする。
そうやって奪い合いに勝利して、何が得られるのだろうか?という問題提起。
人類が滅亡した後に、何万年も何億年も一人生き続けるのを望むのだろうか?
宗教や価値観を押し付けて、管理しようとする権力者は幸せになるのだろうか?
また、押し付けられそうになった時に拒否するにはどうしたらよいのだろうか?
そんな様々なことを考えさせられる、深~い作品でした。
- 火の鳥 1・黎明編/朝日新聞出版
- ¥1,155
- Amazon.co.jp
今使っている、オーラソーマのボトル。
このテーマとシンクロします。
ペールイエロー/ペールグリーン
このボトルを選ぶ人は、宗教的迫害を受けたことが、過去生にあるかもしれない。というボトルです。
今生では特定の宗教を持たないけれど、
これが正しいと信じたことについては、頑なに通そうとしてしまう。
(人間としての正しいありよう。美しい心の持ち方など)
周りにも無言のうちにそうあるよう望んでしまう。
そうでない価値観(ずるくても勝った方が勝ちのような)を押し付けられたとき
許せない気持ちをいつまでも引きずってしまう。
「ずるい。私のほうが正しいのに。」
なんて。
そういう傾向が、私たち家族にはあると感じていたのですが、
この前、オーラソーマのボトルを母に選んでもらったら、
この74番ボトルを2本目に選んでいたんです!!
わお!やっぱりか!
実は、何が正しいかという価値観は人それぞれ異なっていて、
自分の価値観を認めてもらいたければ、
まず相手の価値観を認めること が大切なのです。
それは、自分の考えを押し殺して他人に合わせるというのではなく、
人それぞれ違うってことを受け入れること。
人ぞれぞれ、様々な背景(人種、文化、遺伝)があり、
様々な環境でその人なりに生き抜いてきた。
それをまず認める。
それが、たとえ犯罪者など社会的に間違っていると明らかな場合でも。
「なるほど。あなたはそう信じているのですね?」
でも、それは間違いです。って続けるのではなく、
「世の中にはこういう考えもあります」
「私はこう信じています」
などと選択肢として提示するだけでよいのではないでしょうか?
他人は変えられないのです。
選択肢を示して、それをどう感じるのかはその人次第。
大きな気づきを得て、すぐに行動が変化する人もいれば、
だいぶ時間が経過してから、やっと納得する人もいるし、
まったく何も変わらない人もいる。
それはそれでその人の自由。
どれが正解ってわけではないのです。
理解する努力、理解してもらう努力を最大限しても、
理解されずにやっぱり迫害されてしまうのならば、それも運命。
受け入れるしかないですよね。
受け入れられずにいつまでも苦しむのは、相手の勝利。
受け入れて、執着を手放せるならば、
それこそ自分の信じた道を実践したことになり、
自分の執着に対する勝利なのです!!
と、書いて伝わったでしょうか?
具体的な事例がないと伝わらないだろうなー。
自分の感じたことを、押し付けではなく簡潔に伝えるというのは難しいです。
その点、漫画、映画、小説などは五感に訴えるため、
感情移入しやすく、伝わりやすいですね。
しかも、その教訓は明示されていなくて、受け手が自分で感じ取る。
そういうたとえ話で何かを感じることを、
NLPでは、メタファーといいます。
教訓は明示しないで、感じてもらうのが大切です!
オーラソーマのコンサルテーションでも、
ボトルの意味や解決法を押し付けません。
自分で気づいてもらうことが、大切だから。
難しいからこそ、うまく伝わった時はうれしい。
それこそ「有難い」ことなんです。
難しいからって何もしないと、何も変わらない。
知っているだけではなく、実践することで
勝利につながったら、良いですね。
対応するタロットはこれだった。
恐れという制限の手放し
という記事でも書いていました。
この時書いたイギリス行きたい望みはまだ先になりそうだけど、
なんらかの道が示されるよう、信じて時期を待っています。
