鬱と迂闊な月曜日 -14ページ目

兼ねてより。

ひとは死ぬなと言う。

父のとき、死んでほしくないと願った。が、願いも虚しく父は他界した。
今年の2月のことでした。
北海道では一番寒い時期です。
見舞いに行き、夕方帰宅すると必ず23時くらいに母から電話がきた。父が危ないと。
そして病院に駆けつけると持ち直した。
そんなことを1ヶ月近く毎晩のように繰り返した。
そんな父もやっと痛みと苦しみから解放さらた。

悲しみもあった。
でも、非情かも知れないけど、安堵もあった。
日に日に母が窶れていったからだ。
母の心労を考えると、早く解放してあげたいと思っていた自分もあった。
いま実家に帰ると母は毎回泣く。
長く連れ添いすぎたのかな?と言う。
当たり前じゃないか。それが理想の夫婦の形だ。
父は幸せ者です。最後の最後に母が居て。

そして、兼ねてより思うこと。
ひとは自ら死を選んではいけないのか。
死ぬなと言う。皆声をそろえて言う。
生きていればきっといい事があるって。
いい事ってなに?
いい事のベクトルがわからない。
生きてたら食べる事を脳が指令する。
そして食べるためにはお金が必要だ。
お金を手にするには働く。
働くためには、就職しなくてはならない。

それが叶わないひとはどうしたらいいの。

別に高望みはしない。
有難い事に、国の恩恵を受けて、障害年金というものをもらっている。
それのおかげて、電気が使えて、ガスが使えて、雨風をしのげる部屋もある。
食べ物もなんとかなっている。

でも、虚しい。
毎日がつまらない。
社会から遮断された空間で一日を過ごす。

そんなとき、ふと死にたいって思う。
死のうと色々試すけど、結局生きてる。
生きてなきゃいけませんか。
なおも繰り返す自傷行為。

いつか本番がくるのかな。


アデュ。

未咲シキ。

遂に死。

ちょっと元気のないそこのあなたへ。

BiSH『遂に死』






ちっとは元気だせや。


アデュ。

未咲シキ。

希死念慮と葛藤。

もともとありました。
希死念慮。
いえ、今もあります。
時々、死んでしまったらどんなに楽だろうかと思います。死んだら無ですから。

この十数年、ずっとずっと葛藤の繰り返しです。

先日、ついにやってしまいました。
一酸化炭素中毒。
ガスの元栓を開き、そっとソファの上でその時を待っていました。意識が朦朧として覚えてませんが、奇跡的に生きていました。
彼女が友達と駆け込んでくれたのです。
行為を実行する直前、彼女と電話をしていたのです。
その時から様子がおかしいと察した彼女が駆けつけてくれたのです。
その日は彼女が待ちに待った大好きなアーティストのライブの日でした。
でも来てくれたんです。
ガスが充満する部屋に飛び込んできた彼女は適切な処置をしてくれたようです。
だから今、まだ生きています。

一昨日もリスカをしかけたのですが、思い留まりました。
フラッシュバックのように今年亡くなった父が出てきたのです。
ベッドで闘病している父が出てきました。
涙が溢れて、リスカなんてどうでもよくなりました。

そして思ったこと。
自分はひとに生かされてるのだと思いました。

でも、希死念慮を抱えている以上、またその衝動がくるのだと思います。
その時また歯止めが効くのか。
今度こそ死んでしまうのか。

そして今もODをしてベッドでこの文章を打ってます。
朦朧としてきています。
100錠飲んでも死なないから、また明日目を覚ますのだと思います。

ギリギリなので寝ますね。
起きられたら、また書きます。


アデュ。

未咲シキ。