グローバルという虚像 | An Ulterior Weblog

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大学入試が大幅に変わる話は何度かしてきたが、その目的はと言うとグローバル化への対応。

では、その教育を受けた個人が直面するグローバルとは実際に何なのか?英語が使えればグローバルなのか?

 

とてもいい例を見つけた。恐ろしいことに身に起こった事件までサラッと書いている。精神の強さに驚く。

http://toianna.hatenablog.com/entry/2017/06/13/180959

これを読んでわかる通り、苦労して留学などして、海外で独立してやっていくとなるとどれほど大変か。

海外駐在経験はないにせよ、何度も1人でそっち、そこからあっちと行って、調査や嫌な交渉に参加したりの経験から言わせてもらうと、ここに書かれていることがよく理解できる。突っ込みコメントもあるが、大枠ではここの主張は外していないと思う。

 

外国人と結婚して日本に戻らないと決めたなら、それはそれで構わない。親や親族は嘆くかもしれないが。しかし、日本、特に東京はすでに他に類の無い都市の面はあり、グローバルとか何とかよりある意味独自路線でむしろ生き伸びているような街である。それが好きで日本に住み着く外国人もいれば、やっぱり欧州文化だとヨーロッパに戻る人もいる。

 

自分が思うには、グローバル化とは、世界の金融をドル為替で、治安をその軍事力で牛耳っているアメリカの基準とそれに追従しているようなイギリスといった国をあたかも世界の絶対中心的指針として彼らの言語にまで従属する破目となり、思考回路までおかしくなることだと思っている。その他の先進国は特にアメリカ人なんか人間じゃないみたいに馬鹿にしながらもその金と力の下に付き従わざるを得ない状態で、それが経済ではアメリカから中国に替わりつつある状況だ。もしかしたら十数年後の世界では 中国化=グローバル になっているかもしれない。

 

官庁からは毎年、職員が英米中心に研修留学に行かされる。決められた枠があり、それを必ず埋める。なので、場合によっては優秀ではあるが、その気がない人まで海外に行かされ、それで開花すればいいが、最悪の場合は自殺になったりするわけである。特に、留学でなく、いきなり現地に派遣された場合にはかなりのストレスで危険なことが多い。現在は育成プログラムが昔より充実しているはずなので少しは負担が軽減されているはずである。

で、うまく戻ってきたとして日本のために頑張ってくれるかというと、大抵はディベートだ何だと向こうの思考回路に染まって、日本はおかしい、これだからグローバル化の後塵を拝していると日本全否定に走ったりする。文化の根本的違いを熟慮しようとしない。先のブログ主のようなところまでしっかり実態を見ることもできずに帰って来ているというのが実情だ。

 

ドイツ語は主流ではないし(北欧では使える)、フランス語はフランス人の酷さから覚える気が湧かないし(アメリカ人も毛嫌いする)、イタリア語やスペイン語が使える国はむしろ先進国ではないところが多い。今はラテン語ができたら案外有益ではないかと思う。ラテン語系の間はやはり楽らしい。

Facebookでやりとりしている1人が話す言語がポルトガル語で、いつも相手はグーグル翻訳を通して英語でやりとりしている。日本語からポルトガル語への翻訳能力は英語への翻訳に遠く及ばないだろう。たまに英語で書いてポルトガル語に変換したりもするが、正確に伝わっているのかさっぱり。相手も英語に苦労している感じで、ときにすれ違いが起きる。もう1つ言語ができると違うだろうなと思うのだが、人生の半分以上も英語に関わってきて言語の壁にうんざりしている身としてはもうあまりやる気が起きない。なお、英語で書いているとき、自分の人格との関係を重視している。言葉でこっちを判断されるのだから。構文がどうのこうのなんて馬鹿な考えは一切ない。残念ながら、相手が母国語で打ち込んですぐに変換されるが、こっちは返事を返すのに時間がかかってしまう。相手の変換英文が意味を成さないときもあり、苦労する。

会社に入っても何かと英語から離れることができないのなら、英語だけでもいいので国内グローバル対応という方針で悪くないと思う。もちろん、世界のあちこちに進出だと頑張ることは日本の未来へと繋がるなら大歓迎だ。CNNでアジア系特派員は何人も出てくるが、そこに日本人はまず居ない。明確に把握しているのは1人だけ(配偶者がネイティブの模様)。これでは漢民族や朝鮮民族にやられてしまう。だから、ガンガン行ける人もある程度は出てほしい。ハードルを越えて。

 

 

第二次大戦後、国連ができ、戦勝国とくにアメリカが世界を実質的に牛耳っていく。その過程でアメリカは気付いたと思う。言語を広めてスタンダード化することで自国を繁栄し続けられることに。為替基準を握った上に、目にする文字、思考回路まで占領すれば世界に君臨し続けられることに。イギリスがフランスが世界のあちこちに植民地支配を行ってもできなかった言語による支配がこうして始まった。

一方、日本はどん底から先端技術へと追いつくが計算機の基本部分はアメリカの圧力で潰され、政府のバックアップによるマイクロソフトによるパソコン支配が起きる。そして今はアップルのスマホ、グーグル、アマゾン、Facebook。ネット世界までも牛耳るアメリカ。

自分としての英語の終着点に達した今、振り返ると何のことはない、その支配に絡められてしまっていたということを感じる。仕事の関係上仕方なかったとは言え、隷属するために半生を英語に捧げてきたようなものだという虚しさもあるのは事実だ。ジョイスやベケット、ハメットの創造に触れられたにせよ。

 

※※

日本のアニメーターが海外に出て活躍しないことを不思議に思った人はいないだろうか?日本での収入はよくないので欧米から高額の誘いが来るが、行かないという。しばらくはやっていけるが、欧米で暮らしていては創造力が枯渇するという。日本文化があり、東京の街の独特の世界に居るから創れてるのであって、海外にでは自分が望む作品を作り続けられないという話をきいたことがある。

私はあまりに生活が不便な東京の街そのものに興味無いし、山手線のすぐ傍に住んでたこともあるが、その後二度と住みたいなどと思ったことも無い。東京に憧れはしたが幻想に過ぎなかったし、ロンドンや香港、パリといった海外の大都市にも住みたいと思ったことはない。最近はそうでもなくなったが、何より東京はゴミはそう落ちていないがどこにいっても臭いと感じ、ある意味いたたまれない。大学受験に来たときからずっとだ。排ガスもきつい。健康に過ごせる気がしない。

日本は欧米の既定路線のグローバル化ではなく、そこから外れた道を目指さないと少子化云々より日本そのものの消滅に向かうのではないかと最近は思う。ネット世界でもいいが、日本が欧米から消されない文化圏を確保すること、それには文学だけでなくアニメを含めた芸能文化の強さが必要だろう。先月、文学の存在意義について書いたが、それはこちらにも大きな影響を与える。

 

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ノーベル賞、屈指の輩出大学、英国ケンブリッジ大でさえ中国の言論統制に屈した。

http://www.sankei.com/world/news/170821/wor1708210009-n1.html

英米も簡単に対抗できない国になったのは事実。そしてその手助けをしたのは日本だ。