ガラケー一体タブレットがなぜ無い? | An Ulterior Weblog

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ポケットに入らない大きさとバッテリー時間などで使う気が全くしないスマホだが、ネット接続の便利さはたしかに大きい。

今までにもガラケーについて何度か書いてきたが、今もって出てこないのが不思議で仕方がないのが、ガラケー付きタブレットもしくはガラケー一体型タブレット。

 

今年になってもう一度ケータイショップに行った。タブレットとガラケーの並行利用の場合の金額を訊いた。高額になるのでやめた。

とにかくスマホには機動性がない。大きくて邪魔。小さいとネット関係が厳しい。スタイラスがないといらいらするだけだろう。だから、大きさの違うものがいくつも出ているという状態になっている。中途半端な製品という認識しか私にはない。1台で済むので皆使っているだけで、使うことは何が目的かで最適化されたものではない。そして多くがLINEで他愛もないやりとりにずいぶんと時間をとられ、ゲームでさらに人生を無駄にする。場合によっては金銭まで。

 

通話とメール、カメラはガラケーで十分できる。あとはネットと資料のやりとりなどができるといいが、それは分離しても問題ない。しかし、データは一体で使える方がいい。そうなると、1mぐらいの範囲ではガラケーと通信できるタブレットがあるのが望ましい(タブレット自身は携帯通信が直接はできない)。これは現在製品としてはないはずだ。

資料やネットについて、良好な通話を確保しながら相手と相談できる。タブレット内部にガラケーを収めてタブレットだけで運べるようにもしておき、資料やネットだけを操作するときはタブレットのみで済む。ガラケーが邪魔にならない。内臓式にすると紛失率が減るだろう。もちろん、ガラケーをポケットに入れて持ち歩くのが主体でも問題ない。

前にも書いたがそういうのに向いた薄くて小さく手に収まるいいケータイが昔あった。2000年頃のものでIDOブランドだったと思うが探しても見つからない。アンテナ引き出し型なのも健康に敏感な人に向いている。液晶表示でカメラ機能もなかったが、今の技術なら加えるのは難しくないだろう。そのあとで初めてのケータイとして通信帯域停止になるまで頑張って使っていたのがauのinfobarのICHIMATSU。かなり希望に近いものだったが昔のシンプルさには今一つ及ばなかった。

 

ガラケー&タブレットは結構前から使いやすいと言われていることなのになぜか今もってケータイ各社は出してこない。収入を減らしたくないからだろう。メンテ対応も煩雑になる。

逆に言えば、どこかが出せば結構いけるんじゃないだろうか。

自分としてはあの昔のケータイの小ささによる機動性がどうしても外せない。スマホなんて使ってられない。いま、皆スマホで問題ないのはLINEで済ます割合が増えてSNS主体で通話が減ったからだろう。

携帯電話はもはや電話で無くなってしまったと言っていい。機種変更するとき、通話のことを気にして一番に耳にあててみるなんてことはしていないと思う。しかし、ユーザーはSNSとゲームばかりのユーザーだけではない。本来の使い方をしているユーザーもいることを通信会社は忘れないでもらいたい。

 

 

スマホに依存度が上がるとこうなる。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170828-00012753-wsj-int

ここに見えるのは、人との関わりの中にさえも異常な効率主義を持ち込むこと。ここからは対人恐怖症の助長が起きているのではないだろうか。社会の様子を変えるようになっていくだろう。