新国立競技場はいかに | An Ulterior Weblog

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連日、豊洲市場移転問題でメディアは賑わっているが、もう1つの大規模プロジェクト、2020東京五輪の新国立競技場は大丈夫なのだろうか。

 

競技場だから、豊洲のように食の安全のような厳しさはないが、とにかく今回の豊洲市場問題でわかったことは東京都は大規模プロジェクトの監理実施が全くできていないこと、責任を誰も取ろうとしないことがはっきりしたことで、きちんとうまく進まないのではないかということである。

 

設計者の隈研吾は自分の設計の変更については納得しない場合はかなり頑固との印象を持っている。まあ、特に有名な建築家は皆そんな感じだが、中でも隈はこういう大きな案件では筋が通らないことに対しては頑として受け入れないだろう。

実は他の建築家でそういう事例がある。前回の東京五輪が終わったあとの1968年、皇居の新宮殿の設計を任された、当時、日本を代表する建築家 吉村順三が自分の設計を進めていく段階で宮内庁から茶々を入れられて、自分の建築哲学に合わないため、自ら辞任している。

 

天皇陛下御一家の家(正月の一般参賀で一族揃われて挨拶をされるあの建物)がその新宮殿だと言えば、興味が湧くだろう。実施設計に近いところまで図面はできていたらしいが、最終的に宮内庁で変更されたものが現在の姿だ。といってもセキュリティの関係だろうが、皇族および宮内庁関係者以外は入ることが基本的に許されていない。なので、TVで見ている部分しか我々にはわからない代物だ。

 

天皇陛下御一族の家の設計を任されるというのは建築家としては国内でも最高の名誉であるし、その機会も滅多にない。これは建築家として最大の幸運であり、未来永劫に輝く栄誉なのである。それを自ら降りるというのは一般的な人間の感覚としてはちょっと考えられないものである。しかし、侍魂にも近い武骨な頑固者 吉村順三はそうはしなかった。吉村順三としては別にそれで建築家として困ることはないからでもあるが、最高の権威を得るチャンスを建築家の誇りと引換えに自ら手放した。

 

隈研吾の設計案も採用決定後もいろいろ言われている。今回の豊洲市場の建設問題と絡んで都側からの締め付けは反動として大きくなる可能性がある。あまりにそれが強くなると、隈も吉村同様に降りてしまうかも知れない。隈はたしか北京やパリにも設計事務所を抱えていたと思うが、仕事はほかにいくらでもある。これほどの巨大プロジェクトを失うのはたしかに大きな損失になるが、ほかにも多くの巨大プロジェクトのコンペには必ず出てくるから挽回は可能だろう。

 

都の無能さ加減はわかった。はたして、隈はその相手とどう渡り歩いて実現するか。こちらも是非注視してもらいたい。こっちの方が豊洲よりも未来の夢に絡む話で面白いと思う。