日本の教育行政の膠着 | An Ulterior Weblog

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外注さんの息子さんが私立中高一貫校に合格した話を昨年書いた(今年進学している)。そして、最近も高校生から大学新入生とそのご両親向けにYouは何しに大学へ? を書いた。ほかのところでも度々、海外にも目を向けた視点でいろいろ書いてきた。


日本の受験の世界では東大さらには東大理Ⅲを頂点とし、そこに何名送り込んだかを指標として受験校の名声を確保することが行われて来た。基本的に全国的にその傾向は依然崩れていない。灘や開成といった伝統的名門校はどう建学の精神を語っても永くその視点で運営されてきたのは事実だろう。

では、その優秀な東大出身者なり、京大出身者なりが日本をうまく導いてくれたかという点ではかなり疑問だし、個人的にはノーだと思う。とりわけ中央官公庁では東大出身者がはびこり、その保身にどれだけ企業や市民が理不尽に振り回されてきたかはわかっている。官公庁は原則、否を認めてはいけない組織だからである。責任は取らない。それは今回の五輪関係の騒動でも明白だ。そして、よい天下り先を見つけて退いて行く。本業の教育の改善をまともにできないのに、自分たちが生き残るためには矛盾するようなことでも平気で行う。

http://matome.naver.jp/odai/2144056354338544801


一方、日本のガラパゴス社会を避け世界に飛び出す傾向は僅かだが出てきている。東大も相手にせずとして。それは私立の中高一貫校から起きている。しかも名門ではない。

http://utsunomiyasoh.blog.fc2.com/blog-entry-249.html

中でも渋幕はこの3年間でプリンストンやハーバードなど海外に75名が現役で合格している。(私学が多いから、円安で授業料は年間200万から300万ぐらいか)

http://www.shibumaku.jp/mk-nyushi01/university/

こういう手筈を整えられる高校が存在することに少々驚いた。私立とは言え、それほど対応できる人材は多くないはずだからである。小論文(たぶんapplicationと一緒に出すessayのことと思うが)などのネイティブの指導者が居るということなので現地の業者を引き抜いたか何かだろうと思う。

この点については、予備校の方が対応が遅れているようだ。留学のためのシステムの準備はいろいろあったが、それはどちらかと言えば企業人向けで特に大学院(MBAや理工学)中心で、現役高校生への勧誘とか指導とかを行える体制はできてなかったと思われる。希望数も少ないし、それができる人材も東京あたりでも極く限られている。


日本という狭い世界を飛び出てやっていくというのは大変結構なことである。できればその後は日本に戻って来て先導してほしいところだ。それがなかなかこれまでないのは日本の社会、特に官公庁と大企業が閉じた対応しかしていないからである。わが社にも英米の有名大学の博士を持った人間がいたことがあるが、結局出て行かざるを得なかった。

グローバル教育とか言っても、文科省や日本の大学のほとんどおよび企業も見せかけで保身的で閉鎖的なところはそのままなわけである(まあ、海外の大学や行政にだってあるのだが)。まず、ここは将来的に改善は必要だろう。ただ、これだけで済むわけではなく、我々含む日本人社会の問題も根強く、それはまた別の機会に話すかもしれない。



さて、本題はここから。

以上は今まで言ってきたことと一致して賛成した意見を強化している形で話してきたが、私の主張とはまた違うというのを感じている。


では、彼らは何故、海外を目指すか。たしかに違う世界である。勉強も格段に厳しい。授業の後で数冊の分厚い原書を渡されて、明日とか明後日までにそれらのレビューとそれを踏まえた自身の展開案を示せとか当たり前にある。徹夜の連続になることは特別ではない。しかし、そういうことは別に自分で課してやれないこともない。大学に入ったのだから勉学に励むのが本分だ。

私には東大ではありきたりでつまらないからという面も少なくないのではないかと思えてしまう。すなわち、大学の世界ランキングがあるが、何のことはない、国内の偏差値ランキングを世界に広げただけで、自分は東大よりも上の世界的に名のある大学を出たと示したいがためではないかと思う。世界ビジネスのためにハーバードのビジネススクールに入って、MBAコースで世界展開するための仲間を見つけるとか言うなら、日本ではたしかに無理だが、理工系などの場合は必ずしもそれが最終的にアドバンテージにはならない。

(20ケ国のトップ企業の評価では東工大が東大などを抜いて断然トップで世界的にもトップ集団に入る。CalTechより上。北京大は冗談か。そんな実力者はみたことないが)

http://www.nytimes.com/imagepages/2012/10/25/world/asia/25iht-sreducemerging25-graphic.html


大学受験でも自力があればどこの高校だろうが関係なしに有名大学に進めてしまう連中がいるのは大学になっても同じである。センスもあってガンガン勉強していく奴には敵わないのだ。ただし、研究には予算が要るので、予算が多い旧帝あたりだとその面で変に苦労するのが省けるという利点があるので、これまで度々触れてきたわけである。


もともと、優秀というのは何なのか?知識の点ではたしかに試験で偏差値で評価ができる。しかし、高校までの学習内容は楽とは言わないが、それで現実に応用したり活用できるレベルには全く及ばないのである。実際に工業製品を設計しようと思えば、大学以上の数学や物理の知識はないとダメであり、さらに開発ではそれらを使いこなした上でアイデアを出さなければならなかったり、大学院クラスの進んだ理論を要求される場合もある。

大学受験範囲で世界的な研究ができるかどうか判断というのは外しが多いと思われる。世界的にもその傾向はみられて、数学オリンピックでは優秀でも大学以降の学問でぱっとしなくなる例が見られると言う。それほど、学問と高校の学習内容との間には開きがある。それは自分の大学時代を見直してもそう思うし、そう書いてきた。

また、医学部、それも東大理Ⅲ、京大医、慶応医に進んだ人たちの中には数学と物理では同級生に非常に天才的な連中が居て、敵わないので医学部にしたという人が少なくない。こんな形で医学部に進んでいる人たちもいるのは残念だし、それでもきちんと貢献してくれればいいが、学問的な研究ばかりで臨床ができず、天皇陛下の心臓手術では侍医としての面子のために順天堂大からゴッドハンドチームを無理に自分の病院に呼んで違う環境での執刀をさせておきながら、さも自分のところで実施したように見せかけた東大医学部は果たして存在価値はどうなのかと言われても仕方がないだろう(順天堂大学病院でやるべき。心臓バイパス手術なんて高度で微妙な手術を別環境でやらせるとは。人と装置を揃えればいいなんてものではない。うちの会社の東大出身者とまるで同じ。それを許した宮内庁含め、馬鹿さ加減に呆れた)。そういう組織をいつまで頂点として盲目的に崇めるのか受験生側も考えてほしいところだ。


渋幕とかが東大や東大理Ⅲも単なる1つの行き先に引き摺り降ろそうとしている点は東大頂点の日本社会を変える点で画期的なことと思う。それも、個々の私学の独自の教育方針で切り拓いたことに。非伝統校だからできた話でもある。膠着しかない文科省の教育行政に風穴を開けるだろう。が、その裏は単に東大の上に東大の替わりを探しただけとも言える点で本来の教育改善の視点からは疑問でもある。

多くの日本の大学の教育状況には問題が多い。しかし、本当に海外ならいいのかというのもある。海外の出身大学の名で有利にしなければならないなら頑張るしかないし、そこで教授職を目指し、よい給与と名誉を獲得するのもいいだろう。ブランドはどうでもいいなら、大学での研究やその後の仕事で示すしかない。それは必ずしも海外である必要もないだろう。

国内でくすぶっている研究者へのエールと国内の大学の質向上への意味も込めて書いてみた(文科省に期待は不可能。独立行政法人として個々の大学の運営に期待する)。



いかに米国の大学院、特にビジネスコースが異なるか、以下を読めば理解できる。日本とはまるで違う。

http://toyokeizai.net/articles/-/88416