右も左も平和ボケ日本 | An Ulterior Weblog

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自分はやや右の人間だが、かと言って、集団的自衛権を認める気はさらさらない。そんなものの必要性は未来に進んで振り返ったとしてもないだろうと推察するし、現憲法に対して全くの違憲である。当然、反対デモが発生した。


一方、この時期、原爆被災慰霊の式典や終戦記念日でのメディアの取り上げ方にはNHKや朝日を筆頭に、産経にしろ何にしろ強い違和感をいつも覚える。今年は母や叔父の初盆でそれどころではなかったが。


戦争のない平和な世界を目指そう!といつも報道されるが、第二次大戦終結後、世界全体を見渡して、国家、宗教、民族といった間で紛争がなかったときなどたぶん1秒たりともないだろう。常に何らかの紛争や内戦もしくは小さな犠牲を伴った緊張状態(現在の南北朝鮮のように)が世界のどこかで続いている。

原爆被災者の語り部も高齢化して、継承が難しくなっているのはたしかだが、それと「平和の尊さ」を説くのとは別次元だ。平和の尊さを思うなら、現在の世界にある内戦やISISが幅をきかしている地域とかにいけば誰でもわかるし、その取材に注視すれば十分だろう。今でもウクライナ紛争は終わっていない。日本の平和こそ本当の平和でほかの国のはそうではない、などというわけでもあるまい。

話せばわかる、などという絵空事が通じるところはどこにもない(本気で思っている議員は実際にISISと交渉して人質解放の努力を見せるべきだった。まず、実績を作ってから言ってほしい)。停戦や休戦はあくまで交渉でぎりぎりの互いの利益の妥協探しに過ぎない。

日本の中で、いつまでも第二次大戦終結時点の意識で戦争の悲惨さとか言っても、現代の複雑な社会情勢の中で生じた紛争被災とあまりに違うのでピントがずれている。それに日本の平和のことしか触れないが、それこそ世界の平和からの離脱だろう。自国だけで平和が閉じる時代ではない(それがそのまま「今回の」集団的自衛権の正当化にはならないが)。


現在の日本だって、平和と思ってる人がいたら大笑いである。常に中国は尖閣を狙って潜水艦などをしかけてきているし、外交含めてアメリカにも揺さぶりをかけている。その結果、韓国は中国の属国に実質的になった。日本がロシアでなくアメリカの属国となったように(戦後、日本が本当の意味で独立国になったことは一度もない)。ロシアも北海道空域や海域へのちょっかいは定例行事である。彼らはそうやって、自衛隊や海保および官邸との連携や外交とのリンクの度合い、果ては日米ホットラインの動きを見極めるためにやっている。そして、いざというときにはどう攻めるか常にシミュレーションをしている。でなければ、中国やロシアの軍は何のためにいるのか。それが彼らの仕事なのである。

それは当然、自衛隊や駐留米軍にもある。そういった揺さぶりからどうやって自分たちの実力のほどを見せないようにするか、そして、いざというときへの対処に余念がない。


我々が平和と思っているものは、すでに陸海空の自衛隊や海保の防衛の上に成り立っている話であり、核拡散防止条約はあったにせよ、基本的にどの国も軍事力ならびに勢力圏の維持もしくは拡張を目指している。それらに対抗するには技術や経済的な礎がなければ困難だ。アメリカなどは古い自国の戦争機材を更新するために、それらを体のいいようにサウジアラビアに売りつけたりしている。軍事はそれ自体、大きな経済活動でもあるのだ。


左の脳天気さもさることながら、右と言っていいかどうか、自衛隊ファンの類も困ったものである。最近はアニメから自衛隊ファンになっている人もおり、捉え方がやはり軽い。もともとの自衛隊ファンもどちらかと言えば装置オタクの人種は困りもので、いろいろ見学会を通して撮った画像や動画をSNSですぐ発信したりする。それがどれほど中韓にとっておいしい情報か配慮しない。自分がオタクとしての地位を高めるためには自国を危険に晒すことを何とも思っていない酷い連中である。

防衛省にしても国民への自衛隊の理解は必要だろうと思っていろいろ行事を組んでいる。それは間違ってはいないがやり方を考えないと自分たちの首が締まることになる。何せ、見せてる相手が何も考えていないのだから。


現代はまずは情報戦だし、そのための高度な設備や装置が要る。システムと人員体制も要る。昔のような戦争のやり方とは違う。テロ撲滅にしても同じである。すぐにドンパチやるのは愚の骨頂。その前の情報戦と外交戦がほとんど全てを決めると言っていい。ドンパチ機械の充実重視で予算増強や自衛隊支持を声高に叫ぶ右の人は左の天然平和ボケへの反動としての天然軍事ボケと言えるだろう。大体、安保があるといって、どんな状況でもアメリカが日本の味方をしてくれるわけでもない。有事では国の対応はころころ変わるもので、それは先の大戦や現在の各紛争での欧米やロシアの言動を見ていれば簡単にわかることである。つまりは自国は自分たちで守る以外にないのだ。

日本は衛星技術での遅れを取り戻そうと宇宙開発で頑張っているが、これとて災害対策のみならず、国防上も有益である。この方面の技術開発は重要だろう。


平和は庶民には目に見えてはいけないシステム化された防御(見えるようなものはすぐ隣国に制御されて無効化される)があって成り立つものだ。家庭を親がきちんときりもりして子供が余計な不安を抱くことなく過ごせるが如くに。天然ボケの平和主義者(日本より相手国にアピールしてもらいたいものだ)や軍オタこそ紛争地域で身を持って自分の愚かしさを知ってもらいたい。そのまま消えて頂いても結構。日本の国民の平和のためだ。