暖房と暖忘 | An Ulterior Weblog

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年初めに室温を下げても寒くない暖房方法 について書いた。アイヌの知恵に学んで試しているが、それとも関連してずっと、良い暖房とは何か、と考えていた。

結論に至ったとはまだはっきり言えないが、方向としては間違っていないのではないかという段階には来たように思う。

先週、旭川に滞在したとき、快晴の中で車に乗っていてほぼそれを確信できた。


何度か話題にしたi-cubeやパッシブハウスはとにかく断熱力を上げ、熱の漏れを無くし、気温を一定にすることを目指したものと言える。暖房をしない、もしくはしていることを忘れるほどに断熱力(暖忘力)を上げるに尽きる。i-cubeでは断熱だけでは足りず床暖房を使うが、外観上は暖房器具は全くなく、ただ、床に温度を与えているだけと見なすことができる。人ではなく家を温めていると言った方がいいかもしれない。いま、新築での要望として床暖の人気、特に全館床暖房は凄まじい感じすら受ける。


私自身、いろいろな暖房器具を使って来た。懐かしいところでは机に向かうときに両足をすっぽり入れるカバーの下に電気式あんかが入ったものがある。これはアパート時代でも使っていた。

雪国に生まれ育った経験には一番は灯油ストーブだし、石炭ストーブや薪ストーブなどもある。電気ストーブはほとんど役に立たなかった。そんなもので済む寒さではなかった。補助暖房にすら使えなかった。


話変わって、雪国での暮らしは大変だ。いや、大変だと思うようになったのは年を取った今だからかもしれないが、別にそれがどうのこうのというより、自然のことで仕方がなかったし、それが気に入らないと言って南国でくそ暑い中で暮らさなければいけないかと思うとそっちが耐えられそうにないなと思う。真夏の日差しの強さとむっとする空気にはエアコンの利いた建物から一歩も出る気が湧かない。しかもエアコンの環境は全くもって快適とは程遠い。早く夏が終わってほしいと思うことの方が多かった。

しかし、そうは言っても極寒はつらい。では、どうしてそれでも暮らしていけたのかと考える。逆に、一時期南方に暮らしてみて、どうして南なのに寒さが体から抜けないような感じがしたのか、不思議に思えたこともあった。


冬、北欧では白夜でずっと暗く、陰鬱になるのでバカンスで南国に旅行する人が多い。東北や北海道では白夜とまではいかないが、日本海側は降雪が多く曇天が続く。陽射しが恋しいのは同じだ。

家の暖かさでは断トツの北欧。でも、彼らは陽射し欲しさに南国に行く。家が暖かいとかどうかの問題ではないのだ。それは日本でも雪が多く降る地域の人たちも同じだ。ただ、旅に出る習慣もないし、そんな金銭的余裕などない。


太陽の恵みは陽射しであり、それが我々の体を直接暖める。輻射暖房だ。この心地よさはストーブすべてに当てはまる。つまり、光(赤外線のように見えないもの含め)を放つものはこの系統だ。

一方のエアコンとかガス温風とか床暖房は直接人間に触れるものを暖める。皮膚との接触によって熱を受け渡す熱伝導系だ。人間が感じる温かみはこの両者の合計による。一般的には輻射も半分ぐらいの寄与があることになっている。しかし、実はもっと寄与は大きいのではないか、しかも、その違いはその人の生まれた地域によるのではないかと最近思っている。


年始のエントリーではチセについて触れたが、なぜ、気温5度でも寒くないのか。なぜ、アイヌの人たちはチセが一番暖かく感じ、風邪もひかなかったのか。チセの構造物が暖かいからだけなのか。

自分の雪国暮らしで思うのは体の芯を強く暖めるものがあるかないかが重要であり、それがあるために、アイヌの人たちも自分たちも、いざ外へ出て行って狩りや仕事ができたのだという気がしてならない。それがお日様であり、チセの囲炉裏の火であり、自分たちのストーブの火だったのではないかと。部屋の気温が低くて息が白くなってもストーブで暖まって、また白一色の世界に出ていくことができたのは炎の力だったのだろうと思う。

そういう経験のない南国の人たちは逆に、暖まりたいというのはあるにせよ、強い火の存在までは欲したりしないのではないかと思う。だから、床暖房で室温が十分なら問題ないのだろうと。ストーブがほしいとはi-cubeやパッシブハウスの非雪国出身の住人は思ったこともないのではないかと思う。


強い輻射が体の芯まで暖めて、体を暑くし、冷たい空気に体から熱が逃げても丁度バランスするぐらいでないと雪景色の世界では生き続けられない。そういう状態になって初めて暖かいと感じるのではないか。室温が21とか22にすることでは全然なくて、いかに人間を強く暖めるかが少なくとも雪国の人間には必要なのではないか。そこからするとパッシブハウスなど暖忘の家はあまり意味がないのではないか、と思っている。

外から戻ると、室温が高い場合は皮膚の表面だけから熱が伝わっていくが、輻射は体の内部に直接入り込むことができる。決定的にそこが違う。もちろん、断熱力が高い家は壁が暖かいのでその温度の輻射で体も温かみを感じる。しかし、ストーブの輻射の強さには遠く及ばない。寒さに立ち向かうだけの強さを与えてはくれないと思える。

よく北海道の人が関東に住んで寒さに意外に弱いと言われることがあるようだが、それは家のつくりが違って断熱力が違うというのもあるが、強い熱源がないことが多いからかもしれない。炬燵中心の関東とは暖房のしくみが違う。


我が家ではガス温風ヒーターの補助に電気ストーブの類を使っている。最初はガス温風ヒーターだけで暖めていたが、高気温で気分が悪くなることがあり、輻射式を併用することにしたわけだが、このような方式が本当の快適暖房なのではないかと強く思い始めている。さらに輻射の割合を上げたいぐらいだ。チセのように低い室温でも十分に暖かさがあるような。つまり、空気を暖めてから人間を暖めるのではなく、直接人間を暖めて逆に空気を暖めるぐらいの考えの暖房概念が要る。それは自分が雪国の人間だからかもしれないとも思っている。

暖忘の家よりも暖房の家が冬に強く立ち向かって元気に過ごせる家ではないかと思う。もちろん、エコでないと意味がない。必要な断熱力を前提にLDKでも調整可能な1000W未満(成人1人あたり200W発熱と言われるので5人分未満)の電気ヒーター1台で十分とできれば、申し分ないように思うがいかがだろうか。ヒーターパワーをそれらしく強く見せかけることができればいけるのではないかと思う。