無意味な衆院選は終わった。国会運営としての政党のパワー配分には何の変化もなかった(民主主義とは詰まるところ多数派優先主義)。ただ安倍内閣の主張が強化され、膨大な国民の税金だけが泡と消えた。
投票では直前まで迷ったが、反自民を選択した。投票率は最低を記録しそうに思えたし、黙ってても自民が勝つに決まっているから、やはり今回は国税の浪費の責任として反自民を決めた。小選挙区も比例も自民と公明には入れていない。
選挙の結果が出て、違和感を覚えた。自民党が予想に反して伸びていないからだ。後からの公認を除くと5議席減らしている。これをどうみるかはメディアでもずいぶん違う。自民圧勝というのもあれば、維持というのもあり、アンチ的なメディアでは減を強調する。私は実質減と見る。そしてそこに裏がちらちら見える気がする。
公明は31から35に増えた。増えたのはおそらく自民の協力と小選挙区と今回の最低投票率によってもたらせれたものと思われる。おそらく、自民協力でこの全数は読まれていた数字にほぼぴったりのはずである。公明党は昔から候補者数を事前に調整し、各地域に配分し、ほぼ確実に当選するように仕組むことで知られる。これについてはジャーナリストの勝谷誠彦氏が調べて自分のブログに公表したことなどがある(現在は見れないようだ)。その看板たる名に反して公明ではない。
つまり、公明党は完全に票読み可能なのだ。おそらく末端の個々人まで、誰々に投票するように、比例は公明、自民のどっちに入れるかを支部から指示されているはずである。
北海道と福岡は革新が強い歴史があるが、北海道の場合、公明の助けがなかったら、自民は苦杯を嘗めることになったと思われる。民主が依然強いことがよくわかる。
http://www.yomiuri.co.jp/election/shugiin/2014/kaihyou/ya01.html
自民にとって公明はキャスティングボードを握っていたのは間違いないだろう。
自民はおそらく全面的に公明への協力を実施したと思われる。それにより公明は議席を予想通りに伸ばすことができた。しかし、公明はいつもの数調整能力を使って自民には済し崩し的に協力はしなかったのではないかと思われる。創価関係者以外が純粋に公明に投票することは考えにくい。増大分は自民からの協力要請を受けた企業なり個人なりの反映だろう。同じことを数操作が得意な公明が行えば自民も増えたはずなのである。一時は300越えで自民単独での絶対的勢力を得るのではないかとの見方があったぐらいである。
公明の山口代表は弁護士で憲法に対する見解もそれなりに持っているようだ。反対に安倍首相は有名政治家のぼんぼんに過ぎない。一応、政治学を修めたことになっているが、出身大学などを考えるとまずまともな知識が身に付いているとはとても思えない。山口代表から見れば、呆れる話が多いのではなかろうか。
こういった互いの人的質の違いが反りが合わない理由ではないかと思われる。
もともとその場しのぎで始まったであろう自公連立(公明の票操作の安定がキーとなっていたと思われる)。それをいつ解消するかというタイミングは何度も図られたのではないかと思うが、ついぞ実現しなかった。それができる可能性があったのが今回の総選挙である。
安倍首相は大義がない選挙と批判されて、だから、安定して議席を確保できると達観し、解散に踏み切った(大義なく変わり映えしないなら投票者は来ないと我々は見下されたのだ。行かなかった人は猛省すべき)。そこにはかねてからの懸念である公明との連立解消の狙いもあったと踏んでいる。
自民は勝ったが連立解消には失敗した。そして、公明は自民に反旗を翻し始めている。全て言う通りにはしないと。
もし、自民単独でもっと議席を確保していたら、徐々に公明切りに動いたのは間違いないだろう。自公間の駆け引きが本格的に始まると睨んでいる。少なくとも公明はその意思を示したと考えている。
※それにしても、ガソリン1円に敏感に反応し騒ぐ人たちが、赤ん坊含めて1人あたり5百円玉以上を無駄にされた選挙に何も行動を起こさないというのは一体どういう頭の構造なのか、理解に苦しむ。