http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/9556
これによれば、党の余命はいくばくもない状況のよう。蟹工船ブームはあっただろうが、離党の多さはやはり党そのものの思想や活動に対する不満なのだろう。
一般人に一番の失望感を与えたのは2008年北京五輪までに起きた小民族抑圧の実態が五輪時期に一気に噴き出した(フリー・チベット運動)にも関わらず、日本共産党は中国の本家にもの申すわけでもなく、ただ日本の他政党打破を続けて、内に籠った活動しか見せなかったためだろうと思う。つまりは党の体質を変えることもビジョンを示すこともできなかった。それは他政党と同じ穴の狢ということを露呈してしまったのだ。
似たことは社会党(現社民党)にもあった。2002年に北朝鮮が拉致工作を認めたときにそれまでその事実はないと強弁していた社会党は国民全体から不要な党、国民を守ってくれない党として映り、結局、共鳴者を増やせずにいる。
もし、日本共産党が2008年の北京五輪時点で本家にもの申したなら、新たな若手党員を多く獲得できただろう。選挙でも頭角を示せたかもしれない。70年安保までのイデオロギー的政治の余韻は現在の日本では全く顧みられることのないものに堕しているということをもっと早く気付くべきだったと思うが、他党と同様、自分たちの頭がすでに硬くなっており、現状認識さえできずにいることに気付くことができなくなっているのではなかろうか。党というより、組織が年功序列的である以上は逃れられない呪縛ともいえるだろう。