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とらじろうのバイクブログ バイク整備の覚書

 僕のバイク整備録です。スポーツスター、CB1100K10仕様 リトルカブ 中華エンジン ジェベル Dトラ フォルッア バイクいろいろいじって楽しんでます。
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アリエクスプレス 存知ですか?

初めて知ったときは衝撃的でした。

この値段で海外からの送料込みって!
どうして可能なのか、わかりませんでした。
もちろん今もわからない口笛けど。

とにかく安いんです。

ただし、時間がかかる、たまに届かないという欠点もあり、やってみようかなと思う人は、自己判断で楽しむしかありません。

さて、前回のアリエクスプレスの闇で書きましたが、注文のスマホがようやく届きました。

不良品を送料自腹で送り返してから
おおよそ半年かかったことになります。

その間、セラーとの連絡欄から連絡していたのですが、すべて英語でのやり取りとなり、翻訳ソフトを使い日本語を英訳してなるべく簡素な言葉を心がけ送るのですが、意思疎通は難しかったですね。

翻訳ソフトに入れてもそのまま訳されずおかしな言葉へと変化してしまうのです。
なるべく簡素な単語で短く送るよう心がけました。

日本のメーカーでしたら、交換すると受け入れた場合、品物を用意して、返品到着後すぐに発送すると思いますが、このメーカーはそれすら出来ていませんでした。

当方の荷物は届いたことも聞かないと言わな
い。
1月14日には到着していたはず。
発送してくれたか?の質問にのらりくらり。

ひつこく聞いたら、在庫が無いとの事。

あれ程送るからすぐ確認して送り返してねと
伝えてあったのに。

世はコロナ騒ぎが大きくなり始め、当の中国では生産が止まった様子。
でも、連絡では我々はすぐに送り返すから心配するなと。

待てど暮せど送ったとの連絡はない。

動きがあったのは諦めかけた3月26日
送ったとの事。

しかし
アリエクスプレスの追跡番号検索には出てこない。

まさかダミーか?
と思ったが

そんなときはと4pxと言う追跡番号検索サイトを試す。

ありました。

出荷されたようです。

で、すぐに届くかと思っていたが甘かった。

サイトによると集荷が3月末、
そこから香港について…またまたされた。
香港を5月15日に出荷。
そこからシンガポールへ。

?なんで?と思われるかもしれないが、
バッテリ内蔵品は中国から直接届かないらしい。
これも今回調べてはじめて知りました。

それでもコロナの無い去年の年末はスゴく早かったんですけどね。

シンガポールを発送が6月4日。
ここで4pxは止まってます。

6月4日以後は日本のjpでも検索に掛かってきたんですがいきなり来ました。

いきなり到着が、6月24日です。

まあ長かったです。
一番良くないのはきちんとした返事が無かったことですね。

在庫切らしてしまい、コロナで工場が止まっていると言ってくれたらと思います。

ひどかったのは
送る気ありますか?の問に
顔文字一つです
さすがに詐欺かと思いました。

半年の間に型落ちになり、
価格も買った値段より落ちていました。
届いたので良いのですが、
アリエクスプレスで買い物する方はある程度リスクかあると思ったほうがよさそうです。

セラーから提案されても紛争は閉じてはダメ、
一度閉じると再開出来ません。
私の場合、返品交換するから紛争を閉じてくださいとの事で閉じてしまい、失敗しました。

返品の場合セラーとは話し合って送料着払いにしましょう。私の場合自腹でした。
携帯電話を中国におくると、約3000円かかります。

セラーからのPayPal返金の申し出があっても乗ってはダメ。
いつの間にかこちらが販売者になってしましますよ。
詐欺行為らしいので注意してください。
私も今回提案されしたが詐欺行為ですと伝えてことわりました。
そもそもPayPalでお金やり取りできるのでしょうか?

翻訳ソフトは英訳文をもう一度ソフトで確認してください。
変な言葉に訳されていますよ。

慣れないうちは少額の物からにしましょう。
やり取りと、送られてくる期間に慣れましょう。

今回送られてきたスマホは快適動作しています。

仕事柄使いたかった熱感知画像。
コロナ対策でも使えそう?








当時の気分で書いてますので、若者のオレオレ調も再現しております。ご理解の程よろしくお願いします。にっこり



中型免許を一発試験で手に入れて意気揚々の俺は中型バイクを手に入れるべく、当時良く覗いていた近所のバイク屋、石川オート(今はなき)の店頭に並んでいた中古バイク列にあったスズキGT-185と言うバイクを予約して即北海道ツーリングへと計画を立てた。


14才からバイクに乗り、バイク雑誌を読みあさり、当時のバイク雑誌にあったツーリングレポートにハマり、北海道をツーリングしたくてバイク乗りになった俺はとにかく聖地北海道ツーリングしか頭になかった。


しかし、寂しがりやの俺はバイク友達にも一緒に行かないかと声をかけまくったがあえなく断られた。

いくらバイク好きでも、イキナリ北海道にツーリんングに行こうと言われてもね。

そりゃみんな断るよねショボーン

どうやら16歳の俺はソロツーリングとなるようだ。


当時のバイク所有率は凄まじく、男子のほとんどが「乗るヤツ」だった。

夜中、窓を開けると遠くからバイクの直管音を聞くことができた時代、TVの「今日から俺は」のリアル世界だった。学校では漫画ビーバップハイスクールのまんま。土曜日には必ず集会の誘いが来た。クラスの数人はどこかのチームに入っていた時代だった。


みんなも同じくバイク乗り、バイク乗りの頭の中はみんな北海道ツーリングだと思い込んでいた俺。

GS400、GT250、CB360T、Z400、ss250、GT380に乗っていた友人達、北海道をツーリングしたく無いわけないっしょ、と思い込んでいたのだ。


仕方なしに、見とけよーダチ公、北海道ツーリングのみあげ話を待っとけよー!と言う思いだったのだが…!


昭和58年の夏 


5月中に納車されたら、すこしバイクになれて、学校が夏休みの8月に10日かけてソロで周ると言う予定を立てた。


まあ、当時の記憶なので曖昧ではあるが。

(この記事を書くにあたり写真のネガを探したが残念ながら見つからなかった。)


しかし、北海道で起きた事により、日にちだけは忘れないのだ。

それは後ほど。


計画は着々と進み、フェリーは前記の東京晴海フェリー埠頭から北海道 釧路に着く便で、釧路まで。今はこの航路は無くなってしまったが、近海郵船の「まりも」。


「この航路、夏だけでも需要があると思うので、ぜひ復活してほしい。」



ツーリングレポートで読んで憧れていた前記のフェリーで「まりも」で北海道まで。

確か36時間、夜乗船して翌々日朝に着く、でも圧倒的な楽さ。

キャンプが出来るほどの知識もないし、北海道でキャンプなどすると熊に襲われるぞとお袋は言うし、金のない高校生の俺は、当時流行っていたユースホステル中心に北海道を、周る計画を立てた。

予定宿泊施設であるユースホステルの予約、荷物の準備等すませた。


あとはバイクに慣れるだけ。

しかしである、肝心のバイクが納車されないのである。


友人たちは石川オートのオヤジは適当だからさと言う。

なにしろ、修理で預けていた友人のバイクを売ってしまったらしい!


俺の頼んだバイクも修理品だったりしてー!?


そうこうするうち、日にちが迫り焦りだす、

催促する俺に、明日明日と言われるばかりで一向に仕事をしない石川のオヤジ。

バイクは最初に見た店頭に並んだ状態のまま。


結局、ツーリングに間に合う期間内に納車されないとわかり、慌ててバイク探しを始めるが、そう簡単に見つかるわけない。

最悪、愛車ハスラー90でかと思われたとき。


見つけました!爆笑


追い詰められると力を発揮するタイプな俺はガンガン積極的、自動車整備工場の片隅に置いてあった乗らないであろうバイクを郡を見つけ、速交渉。

これねー、そーだな五万でいいよ。

整備しておくからまた後でおいでと。

天使に見えた。

結果、GT 185より格安で手に入れられた。

(この後長く乗ることになった愛車との出会いだった)


ヤマハのDS6。RDやDXの前身はこのバイクから。

左キックの右チェーンと言う変わった配置の2ス

250ccのバイクだった。


当時は色々なバイクがあって良い時代だった。

メーカーも試行錯誤してる迷走時代。

さまざまなバイクが世に出ては消えていた時代だった。


こうして、ようやくバイクが手に入った。

石川オートのオヤジからは結局連絡が無かった。


そして出発日となるのである。

バイク雑誌で見たツーリングレポートを参考に荷物を用意して新しいバイク(思いっきり中古だが)に積み込んだ。

付き合いの悪い友人達は一応見送りに行くと言っていたが。

フェリーの時間に合わせ家を出る。

フェリーに乗船して三等船室、通称雑魚寝部屋に場所を取る。

当時の8月のフェリーは満員で雑魚寝部屋もほぼ人で埋まっていた。

これから36時間、右も左もわからないか弱い16才の若者が、知らないおっさんに囲まれて1人で過ごすにはなかなかハードな時間だ。


出航迄時間があるのでデッキで過ごすことにすると、見送りに行くぜ!と言っていた付き合いの悪い友人達が手を振っている。

何故かこういう時は付き合いがいいらしい。

何やらニヤニヤ楽しそうに談笑している。

(この時の友人達、何を話していたかと言うのはまた次回)

そうこうしているうちにいよいよ出航となった。




#近海郵船 #まりも  #ツーリング #北海道



















当時の気分を表現する為多少オレオレ調で書いております。
ご理解の程よろしくお願いします。

16才の誕生日
 
 
超ビーバップな高校をさぼった俺は試験場にいた。
 
待ちに待った16才の誕生日、
その日に小型二輪車試験(125ccまで)を受けに来たのだ。

当時は最初のみ予約無しにて当日受験が出来た。

いきなり中型は受からないとの情報があり、小型二輪車を選択したのだ。
 
午前中、学科試験をラクラク突破した俺は
 午後の実技試験を受験した!

内心ドキドキしながら順番を待っていたが、
緊張しているのを悟られるのが嫌で態度には出さないように気をつけていた。

ドキドキ💓

こう言う時ってひたすら時間が長い。

誰一人合格することがないまま
 ようやく順番が来て乗車!
 
いざ、「発進❗️
 
少し進んだところで、誰かがよんでいる。
 
「はーい 戻ってくださーい❗️」
 
嘘だろ、絶好調のはずだ❗️
乗れてる俺は一発合格だ❗️


何故❓呼ばれた⁉️


当然のように、コースを廻る事なくあっという間に実技試験は終わった。
 
「君ね、上手いけどどこで練習してた❓」
「全然、安全確認ができていないよ❗️」
「安全確認をちゃんと練習してきてね」

  と、試験官がおっしゃる。」


みんなどこで練習するんじゃーい!と思ったのを覚えてる。
 

安全確認❗️
 

そう、俺の練習場所は河川敷。

交差点がないので、安全確認などする事はない。
 
 
近所の家にあった、乗らなくなったバイクを格安でもらってきて直して乗っていたのだ。
全くの独学だったが、エンジンがかかった時は嬉しかった。
 
今思ったが、14才だった。
初めて乗ったのもこのバイク。
ハスラー90だった。
 
14才の俺は、このハスラーで近所の多摩川の河川敷を日がくれるまで走ってたのだ。

当時は何でもありだった

多摩川迄押していくのだが、

数キロある距離を押して歩いても、乗れる嬉しさが優っていて、辛くも無かった。
 
おまわりさんに何度も職質されたが、多摩川河川敷迄押して行って乗るんだと言うと、
 
「そうか、頑張れと応援してくれた。」

お巡りさんも人間味があった時代

中学校でも先生に呼び出された。

「お前、バイク乗ってんだって?いいと思ってるのか?と」

「はい、乗ってますよ。多摩川の河川敷で。
そこまでは押して行ってます」
何か問題ありますか?

「そ、そうなのか、💦 呼び出して悪かったな、」


そんなゆる〜い時代だったのだ。
 
当時は何でもありだ。笑笑
 
若さって素晴らしいー


そんな俺も安全確認❗️の大切さを知った。
そうか、試験はテクニックより安全確認なんだ。
 
 
試験に落ちたその日に明日の試験の予約をして帰る。
自転車で安全確認を徹底的に練習した。


あがり症の為か連続で受ける事 
4回目、土日を挟んだので6日で、ようやく小型二輪車免許に合格となった。
 
だが、当時は合格から免許交付迄一ヶ月待たされたのだ。
この一ヶ月で乗ってしまい捕まった友人は数知れずいたのだ。
(ここで捕まると30日免停となるので交付日にもらえず、さらに30日後になった。確か)
 
 
待ちに待った交付後、即中型二輪にトライ。
今度はバイク、ハスラー90で毎日受けに行き、
試験管に「また君か」と言われるようになった3回目に合格となった。
 
小型から中型は裏にハンコを押されるだけだった。

取得費用も小型から中型取得まで1万かからなかったとので一発試験はおすすめ。
(ただし昭和の値段です)
 
気が付いた方もいると思いますが、俺たち世代からあの悪名高いナナハン免許が始まってしまったのだ。
一年早ければと悔し涙の年頃です。
 
こうして免許を手に入れた俺は次なる目標である

北海道ツーリングの計画を立てたのだ。


つづく