子どもが学校に行けなくなった頃、私はずっと焦っていました。
勉強。
生活リズム。
友達との関わり。
運動不足。
将来。
頭の中が、「どうしよう」でいっぱいだったんですよね。
特にしんどかったのが、“遅れ”という言葉でした。
学校に行けていない。
みんなは進んでいる。
このままだと置いていかれる。
そう思うと、とにかく何かしなきゃいけない気がしていました。
朝はちゃんと起こさなきゃ。
勉強させなきゃ。
外にも連れ出さなきゃ。
昼夜逆転させちゃダメ。
スマホも制限しなきゃ。
今思えば、私は「元に戻すこと」に必死だったんだと思います。
でも、ある時気づきました。
子ども自身が、もう十分しんどいんですよね。
学校に行けないこと。
周りと違うこと。
行かなきゃと思って行けないこと。
本人が一番苦しい。
そこにさらに、「早く追いつかなきゃ」が乗ると、親子ともに息ができなくなっていく。
だから私は、まず“全部を一気に立て直そうとすること”をやめました。
これ、本当に大きかったです。
朝起きられなくても、とりあえず責めない。
今日はお風呂入れなくてもいい。
ご飯食べられたならOK。
少し笑えたならOK。
そうやって、「最低限、生きてる」を基準に変えました。
すると不思議なんですが、家の空気が少しずつ落ち着いてきたんです。
もちろん、不安が消えたわけじゃありません。
勉強の遅れも気になる。
このままでいいのかなとも思う。
でも、“焦りをそのまま子どもにぶつける”のはやめようと思いました。
勉強も同じでした。
最初の頃は、
「今日はこれやろう」
「学校進んでるよ」
「少しでも取り戻さないと」
と、かなり必死になっていました。
でも、子どもの表情がどんどん暗くなっていったんですよね。
だから、「勉強を進める」より先に、“勉強への苦手意識を増やさない”ことを優先するようにしました。
1日1問でもいい。
机に向かわなくても、動画を見るだけでもいい。
「完全に切れない」を目標にする。
そのくらいに変えたら、親子とも少しラクになりました。
あと、タブレットなので、“勉強するぞ!”という重さが少ない。
学校に行けない時期って、「勉強」という言葉自体がプレッシャーになったりするので、この軽さは意外と大事でした。
不登校になると、親は本当に焦ります。
私も、「今すぐなんとかしなきゃ」と思っていました。
でも今は、“遅れを取り戻すこと”より、“安心を取り戻すこと”のほうが先だったと思っています。
生活も、勉強も、急に全部は整いません。
でも、
今日は少し食べられた。
少し話せた。
少し笑えた。
少し勉強できた。
その積み重ねでいい。
遠回りに見えても、その子のペースで前に進めばいいんだと、今は思っています。