2022年5月6日(金)
10時30分 門司港駅
1891年に開業した門司港にはかつては本州と九州を結ぶ関門連絡船が通され、交通の要衝地点だったわけですが、
関門トンネル(鉄道と国道)が開通したことで連絡船は1964年に廃止されています。
開業当時は門司であり、関門トンネルが開通したと同時に駅名が門司港に変更、隣駅の大里が門司となりました。
開業したのはJR九州でもなく国鉄でもなく九州鉄道という民間鉄道会社で、現在の鹿児島本線の八代~門司港(当時は門司)を敷設するなど、九州の鉄道の礎を築き本社は門司港の近くにあったわけですが、九州鉄道記念館として修復され2003年にオープン。
九州に関する鉄道の歴史や車両が紹介、保存されていて駅から歩いて5分もしないうちに到着。
ブースでチケットを買うと、もうすぐ右側に蒸気機関車が展示されています。
まずはC59蒸気機関車で1950年代に九州を走行していた機関車で熊本と東京を結ぶ寝台特急みずほで客車を牽引していたそうですが、
電化が進んだことから廃止となった歴史を持ちます。
やっぱり東海道新幹線が開業する前や電化が進む前の時代は蒸気機関車が主流でしたから、一度はその時代にワープしてみたいものです。
その次はEF10電気機関車で、関門トンネルが開通された1942年の時点で電化されながらも周りの区間はすべて非電化でしたから、
トンネルを通過するだけに製造された機関車になります。
九州では当時新幹線の西の終点が新大阪だったので、東京行きの始発や新大阪行きの終電と乗り継いで行けば博多に行くことができるようにダイヤが組まれていてそうです。
博多19時45分発はちょっと早いなぁ~と思いつつも、山陽新幹線が開業した当時に夜行新幹線の計画があったこと踏まえると、
博多22時30分発なら翌朝5時45分に新大阪に到着。
そのままのぞみ2号に乗り継げば、朝8時30分には東京に到着できるので、いつの日かそんな乗り継ぎができるようになったらな〜と思いました。
そして寝台客車の14系。
1972年に東京から九州へ向かう寝台客車として、さくら、みずほ、富士、はやぶさ等2009年まで現役として活躍していました。
富士以外は皆、新幹線の愛称として引き継がれています。
この手の博物館というとJR東日本の鉄道博物館、JR東海のリニア・鉄道館、JR西日本の京都鉄道博物館とありますが、展示スペースや展示物は圧倒的に劣っています。
ただ、入館料が3社の1,000円~1,230円なのに対して九州鉄道記念館は300円とかなり安く入ることができ、
短時間でサクッと鉄道について学びたい時には有効に思える博物館でした!


















