商法第一問
一 小問1について
1 甲社において、取締役Aおよび監査役Bの退職慰労金の支給は
「報酬」(269条1項)にあたり、株主総会で具体的な金額等
を決定せず取締役会にこの決定を一任することは法令違反とな
るのではないか。
2(一) 取締役A について
(1) そもそも取締役は会社と任用契約を結ぶのであり、報
酬の決定は任用契約の一内容となるのであるから、報酬
の決定は業務執行として取締役会の決定事項とされるは
ずである。しかし、報酬の決定を取締役会にゆだねると
すれば会社の利益よりも自らの利益を優先し、会社財産
流出を招くというお手盛りの危険がある。そこで、法は
報酬の決定を株主総会決議事項としたのである。
(2) これを退職慰労金についてみると、たしかに退職慰労
金の決定については退職する取締役は関与しないものの、
いずれは取締役のすべてが退職金を受け取る以上、これ
を見越して不当に退職金の額をつり上げる等悪しき前例
となり、お手盛りに準じた弊害がある。また、退職慰労
金は報酬の後払いとしての性質を有する。とすれば、退
職慰労金は「報酬」にあたり、具体的な金額等の決定に
ついて株主総会決議が必要なのが原則と考える。
もっとも、退職者はごく少数にとどまるのが通常であ
るから、具体的な金額まで株主総会決議によるべきとす
れば退職者のプライバシーを侵害することになる。そこ
で、お手盛りの弊害防止と退職者のプライバシー保護の
調和の見地から、退職慰労金の具体的な支給基準が存在
し、これがお手盛り弊害防止という269条の趣旨に合
致していること、そしてこの基準が株主にとって明らか
にされているか、もしくは容易にしることができ、かつ
当該基準によることを明示又は黙示に決議した場合には
取締役会への一任決議は有効と考える。
(3) これを本小問についてみると、甲社における退職慰労
金の支給基準は存在するものの、これが269条の趣旨
たるお手盛り弊害防止に合致しているとみる事情はなく、
また、株主にとって明らかにされていたり、これによる
ことを明示又は黙示に決議したみる事情も存しない。よ
って、取締役Aの退職慰労金の一任決議は269条1項
に違反するという商法上の問題点がある。
(一)(1) 監査役Bについて
では、監査役Bの退職慰労金について具体的な金額等
の決定を取締役会に一任したことについて、商法上どの
ような問題があるか。
(2) 監査役の報酬の決定は株主総会決議事項とされている
が、その趣旨は監査役の独立性を報酬面から確保する点
にある。すなわち、監査役は取締役の職務執行の監査に
あたるところ、監査を受ける地位にある取締役によって
監査役の報酬が決定されるとすれば監査役の職務が歪め
られるおそれがある。そこで、監査役の報酬については
株主総会決議事項としたのである。そして、前述の通り
退職慰労金は報酬の後払いとしての性質を有する以上、
具体的な金額や支給基準等についても株主総会による決
議が必要なのが原則である。
もっとも、前述の通り、具体的な金額まで決定すべき
とすれば退職者のプライバシーを不当に侵害する。そこ
で、退職慰労金の算定基準が職歴に比例する等、恣意的
な基準ではなく、株主がかかる基準をしり、または知る
ことが容易であり、かつ当該基準によることを明示又は
黙示決議した場合には一任決議も例外的に有効と考える。
(3) これを本小問についてみると、上記で述べたような基
準で監査役Bに退職慰労金を支給することを株主が明示
又は黙示に決議したと見られるような事情はない。よっ
て、監査役Bの退職慰労金についての一任決議は279
条1項に反するという問題点がある。
二 小問2について
1 C専務取締役の月額報酬を、職務内容が非常勤取締役に変更
されたことを理由に7万円に変更した乙社の株主総会決議につ
いて、商法上いかなる問題があるか。
2 前述の通り、取締役と会社は任用契約を結ぶのであり、この
契約は取締役と会社の双方を拘束するのであるから、取締役の
同意がない限りその意思に反して報酬を減額することはできな
いのが原則である。もっとも、Cは専務取締役から非常勤取締
役に職務が変更されており、非常勤取締役としてふさわしい報
酬であれば同意なく変更できるとも思える。しかし、非常勤取
締役であっても取締役として会社・債権者に対して負うべき責
任は他の取締役と変わらない。また、正当事由なく解任した場
合に取締役に対して損害賠償をなすべきとする257条1項を
潜脱するおそれもある。
よって、職務内容に変更があっても、当該取締役の同意がな
い限り報酬を減額することは許されないと考える。
3 本小問においては、Cの同意なく月額報酬を70万円から7
万円に変更した乙社の株主総会決議は違法であるという商法上
の問題がある。
三 小問3について
1 本小問では、丙社において取締役にストックオプションとして
総額10億円の新株予約権を付与し、具体的な発行時期等につい
ては取締役会に一任するとの株主総会決議がなされているが、か
かる決議には商法上どのような問題があるか。
2 ここにストックオプションとは職務に対するインセンティブを
高める目的で、市場価格より安い価格で会社から株式を購入でき
る権利をいう。そして、ストックオプションの付与については2
69条1項の「報酬」にはあたらないものの新株の有利発行と同
じ危険があることから、280条の21により株主総会特別決議
を要する。
3 これを本小問についてみると、丙社取締役に与えられる新株予
約権は一株あたり1万円で購入できるものであり、有利な条件で
の発行にあたるから具体的な発行時期等について株主総会の特別
決議により決定することを要する。ところが、丙社はこれを普通
決議の方法で一任しているため、丙社の決議は280条の21に
反するという商法上の問題点がある。
以上
再現率85%
商法第2問
一1 X銀行がY社に対して手形金を請求することができるため
には、まずYが手形債務を負担していることが必要である。
もっとも、手形の裏書を行ったY支店長AにはY社の内規で
手形の振り出しや保証を行うことが禁じられているため、無
権代理行為としてY社には効果帰属せず、これによりYの手
形債務も発生せず、Xの手形金請求は認められないのではな
いか。
2 もっとも、AはY社の甲支店長であり、商法上の支配人と
いえれば権限の内部的な制限を善意の第三者に対抗できない
(38条3項)。そこで、Aが「支配人」といえるか、支配人
の意義が問題となる。
そもそも、同条は取引安全の見地から支配人の包括的支配
権に対する信頼を保護する点にある。とすれば、「支配人」と
は包括的代理権を有する者をいうと考える。
3 これを本問についてみると、Aは手形の振り出しや保証の
権限すら与えられておらず、包括的代理権を有するとはとう
ていいえない。よって、Aは「支配人}とはいえず、Yの手
形金債務は発生しないのが原則である。
二1 もっとも、かかる結論は手形を取得したXにとって不測の損
害を与えることになり妥当でない。そこで、表見支配人(42
条1項)の規定によりXを保護できないか。
2(一) 本条の趣旨は、支配人でない者に支配人の名称を附し
た本人の犠牲の下に、支配人であると信じた相手方の取
引の安全を保護する点にある。まず、外観たる支配人た
る名称を附した点については「Y社甲支店長」は「支店
ノ営業ノ主任者タルコトヲ示スベキ名称」にあたる。そ
して、甲支店が営業所の実質を満たすかについては不明
であるが、甲支店が営業所の実質を有しているのであれ
ば 問題はない。そして、取引安全を図る要請がある一
方、重過失は悪意と同視すべきであるから、主観的要件
として善意無重過失が必要と考える。
(二) もっとも、Aも本問手形に裏書をなしており、当然A
は悪意であるため、Aから手形の交付を受けたX銀行が
善意無重過失 であっても手形金の請求は認められない
のではないか。転得者も表見支配人の規定で保護される
かが問題となる。
たしかに、代理権の存在について信頼を抱くのは直接
の相手方であり、転得者ではない。しかし、手形は転々
流通する性質を有するのであり、直接の相手方を保護す
るだけでは手形取引の安全を害する。そこで、手形取引
においては直接の相手方だけでなく転得者も保護される
と考える。
1 以上より、X銀行が、甲支店長AがYの支配人でないことに
つき善意無重過失であれば、Yに対する手形金の支払請求は認
められる。
以上
再現率80%