こんにちは。
ブラジルのカーニバルで、女性たちが華やかに身に付ける羽がありますよね?
実は、この羽はダチョウ、クジャク、ガチョウなどを捕獲し、頭と体を固定し、むしりとられていて、これが虐待に当たるということで、この行為を止めるようにという署名が、21万以上既に寄せられているという、Facebookの記事でした。
これを見て僕もすぐ、酷いな!確かに可哀想だな。と思ったんですが、ちょっと思ったのが、例えば日本でも、動物虐待のニュース、話題が上る度に、酷い!、虐待しても傷付けても今の法律では器物破損の扱いなので、虐待した人物は死刑もないし、懲役何年とかにもなりません。
確かに虐待は動物であろうが、人間はもちろん、許されない行為だと思います。
しかし、私たちは人間という立場で地球に存在しています。
生きるためには他の動物(牛、豚、鶏、、魚、鯨、熊など)、を殺して、捌いて、処理をして、お店に並べられ、それを買って食べるわけです。
人間が生きるために動物を殺して食べることは、虐待とは誰も言わないわけです。
そんなこと言ったら、動物保護の観点からいくと、人間は一切動物の肉を食べることが出来なくなるからです。
そうなると、野菜や草やそこら辺に生えてる植物からしか、栄養を摂れなくなります。
肉や魚に多く含まれるタンパク質が摂取出来ないと、生きる上で必要な栄養が足りなくなるので、体には様々な障害や病気も引き起こすわけです。
前にも似たような事を書きましたが、日本でいうと各地で鳥獣による農作物被害が絶えません。
増えすぎた鹿、猪などを殺して(資格を持つ人が狩猟して)、食材として食べようという事が、かなり前から行われています。
その一方で、鹿の数が減ってくると今度は、その鹿を保護して増やすわけです。一定数まで。食物として私たちが食べない、丹頂鶴も一時期、数がガクンと減ったとき、同じように保護したわけです。
鶴は狩猟しませんが、鶴を見物できる場所で一般客が餌をあげたりしました。
それを禁止したりして、鶴の管理人だけが餌ヤリをするようになったり。
ここで、カーニバルで使われる鳥の羽の話に戻ると、可哀想、虐待だっていうのは、意思を持つ人間の観点からしか思わないことで、何故、可哀想と思うかというと、弱い立場、人間が絶対的に被害を被らないから、言える言葉だし、可哀想だと思えるんだと思うのです。
クジャクに人間が殺されることはまずあり得ませんよね?
マグロに人間が殺されることもまずないですよね?
海中ではわかりませんが。
熊は人間より大きいですよね?
そして、人間に被害がある事を想像できますよね?
実際に大怪我した人、亡くなった方もいますよね?
猪や猿も人間に対して攻撃してきますよね?
時には。
人間に被害を及ぼす動物は、可哀想なんて誰も思いません。
動物園の中の猿山で、人間が観るだけなら「可愛いー!」っていう存在かもしれない。
でも、山から町の中に出てきた野生の猿には、誰も「可愛いー!」なんて言わないでしょう。
人間に危険が、被害が及ぶ可能性があるからです。
それから、ペットとして飼うことが多い犬も、飼い主に対してどれだけ柔順だったと言われていても、ある日自分の飼っている犬に噛まれて、命を落としてしまう場合もあります。
このニュースを初めて知ったときはとても信じられませんでしたが。
虐待は難しい問題だと思います。
人間同士でも、家族の間でも、恋人の間でも、仲の良い友達の間でも、虐待までいかなくとも、時に声を荒げたり、感情的になったりといったことは、普通にあります。
家族だから仲が良い。
そうでしょうか?
夫婦だから最期まで添い遂げなければならない。
そんな決まりがあるのでしょうか?
人間は立場が変われば、考えや思い、観念までも変わることがあります。
変えなければそこに居られない事もあるでしょう。
正義と聞くと一見、絶対正しいと思いがちですが、特撮ものだって、人が傷つけられたり、町が破壊されなければ、ヒーローは出てこないのです。
何も起きていないのに、ヒーローが現れたところで、「何なの?」、「あんた誰?」ってことになるだけです。
日本の警察で例えると、何か事件が起きてからでないと、警察は動きませんよね?
それでもストーカー事件が多くなってから、対策が出来たりもしてますが、明らかな物証だったりがないと、まず立件もされません。
殺人事件でいうと、誰かが殺された、現場検証する、聞き込みする、犯人に繋がる証拠を探す、という風に事が起きてから初めて、警察が動きます。
さっきのヒーローの話と同じです。
誰も被害に遭ってないのに、警察がバンっと街中に出ていっても何もないわけです。
あやしいものを隠し持ってる人がいれば、挙動不審になるかもしれませんが。
まあでも、誰も被害に遭ってないところをうろうろするのがパトロールということだと思いますが。
やっぱりいつものごとく、話があちこち逸れましたが、終わりに、では、カーニバルの衣装に使われる強引にむしられた鳥の羽を、虐待だ!可哀想!という人間と、毎日のように放送されているTVショッピングで、鳥の羽をたっぷり使った羽毛布団を喜んで売る人間と買う人間、どちらに賛同しますか?
この肉も元は生き物だったんだなと、今回の記事のために撮ったような、不思議な感じがしてます。


