良い友達に恵まれてます。

不満一つない職場です。

最近luckyな事ばかり続くさ。

いきなり告られちゃって。

万馬券当てちゃってさ。

懸賞の旅行券当たったよ。

満車のはずなのに自分が行くと、タイミング良く一台出てった。


どれも一見、偶然のような気もするし、または、日頃の行いが良いからだよ。とか言ったりしません?

僕は偶然はないと思っている人間ですから、どちらかと言えば日頃の行いとは思いますが、それに加えて、何か一つの目標物に対して行う事(テスト前ならテスト勉強、お金が欲しいなら仕事をするとか。)努力と言い換えても良いかもしれませんが、本人が気付かない努力もありますよね?
努力だと思ってなくて、普通の事だと思ってしてる(仕事なり勉強なり)
僕は後者の努力をしている人たちに、先ほどブログの最初にいくつか書いたような事が起きやすいんじゃないかと仮説を立てます。

例えばスポーツで優勝を目指すのは、どのチームも目指すとは思いますが、優勝したチームのメンバーの言葉を聞いても、よく思います。
応援してくれた人のおかげ、まさか優勝出来るとは思いませんでした。
これは、手を抜いて練習したからという事ではもちろんなく、常に努力して、まだまだ上があるんだからと、限界を決めずに練習を続けていて、優勝したこの今も、まだまだと慢心をしない、チャレンジ精神があるからこそ、さらに上にいけるんだと思うんですね。

だから、これだけやったんだから=望むとおりの結果には、必ずしも結びつかないという事。
そして、スポーツで言えば強いチームほど手加減はまずしないですよね?
相手のレベル関係なく。
常に全力、隙がないんでしょうね。

でも、世の中不条理であるし、不公平であり、格差はもちろんあります。
というか、あるのが自然なんです。

二律相反。
月と太陽、光と陰、陰と陽、北と南、生と死、男と女•••。

どちらか一方だけでは成り立たないように世の中出来てます。

だから、中間層って言葉はあるけど、僕は実は存在しないような気がして、喉が渇いたときに、「何飲む?」って聞かれて、「コーラ。」って答えますよね。
この時、何を飲むかは実はどうでも良くて、自販機があれば選び放題な訳だから。

何を飲む?っていう質問に対して、その飲み物が何であるかは関係なく、飲んだということでいえば、この人はYESと答えてます。
飲む気がないなら飲まない(NO)ですよね。

皆さん、現代社会はあまりにも色んな物、事、趣味、仕事などが増えすぎてしまったせいで、選ぶことに時間がかかりすぎる傾向にあると思います。

そば屋でメニューがかけそば一つなら、迷うことも無いでしょう。
(いまどきそんなそば屋はないと思うが)
それが、今はファミレスに行かなくても、そば屋でオムライスか食べられたり、シチューが頼めたりするもんだから、○○専門店っていうのが、昔に比べて少ない気がしません?

餅は餅屋だと思いますよ。
やっぱりその道の事はその道の人に任せる。
それだと判りやすいし、選びやすさにも繋がると思うんですけどね。

だって、そば食べたくなったらそば屋に行くしかない。
ピザ食べたくなったらピザ屋に行くしかないでしょ?

僕たちは日々、何かを選択しながら、暮らしてますよね?
選択肢というのは、ある一定以上増えてしまうと、選びにくくなるんですね。

あまりにも多い選択肢は、迷って決断力を欠いてしまうことか多々あります。
なので、日頃僕たちは選択する場面に出会ったら、まず選択肢を減らす事。
で、最後は少ない選択肢の中でさらに比較して、どれが自分にとってベストかを考えて、選ぶのが大事なのかなって思います。
皆さんはどう思われますか?