ジャンルに合う記事を書けとのことですのでそろそろメンタルヘルス書きましょうか…
ジャンルに「アート」がないのはなぜだ?
他のMENTAL HEALTHシリーズはこちら。
ま、長い文章すっとばして最後の絵だけでもご覧ください。
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自分の記憶力が特殊だと知ったのは中学2年の春だった。
自分は他の人とは違う。
優越感と共に焦りに似た不安がやってくる。
・・・
流行の同じ黒を着ておきながら、デザインで他と差をつけようとする。
でも黒の中で白を着る勇気はない。
いつだったか、ファッション評論家が日本人の傾向を論じていた。
その通りだな、と思った。
平均の波の中で少し高めの波を良しとする。
抜きん出た波は逆に異物と見なされ排除される。
「他の子はお前のように、一度聞いただけで何でも覚えられるわけではないことを知っておきな。」
担任はわざわざ私を呼び出して告げた。
衝撃的だった。
でも、理解した。
ああ、だからか。
友人との間で沸き起こる妙な空気の理由。
担任はそれを見抜いていたのだろう。
・・・
勉強は楽だった。
授業風景も、書き込まれていくノートも、めくられ線が引かれる教科書も、動画として私の記憶に収まっていった。
テストの時はその動画を再生すればいい。
人間関係はぎこちなかった。
あ、ごめん忘れてたー
あれ?言ってなかったっけ?
なぜ自分の発言した内容を忘れるのか、
なぜ発言したかどうかまで忘れるのか、
私には理解できなかった。
いい加減なヤツ。
私の周りにはそんなヤツばっかだな。
と思っていた。
同じ話を何度もする理由も分からなかった。
そのたびに細部が違っていくのが我慢できず指摘してしまう。
言った言わないの争いで私が負けることはない。
すべての会話と状況が脳内で再生されるから。
会話の一字一句、イントネーション、息継ぎ、相手の仕草、表情、誰かの咳払い、頬に感じる風の感触…
言い負かすたびに、少し、距離が生まれる。
私には優越感、相手には劣等感。
そのとき生まれる妙な空気は、相手の警戒心だった。
何だコイツ、気味悪いぞ、ってね。
そうやって私は異物と見なされ排除されるところだった。
担任がそれを防いでくれたのだ。
・・・
サヴァン症候群の少年をテレビで見て、私もそうなのかもしれないと背筋が凍った。
少年は数分見ただけのものを、細部まで絵に再現できる。
まるで脳のカメラで写真を撮ったかのように。
私は一度見聞きしたことを細部まで覚えている。
まるで脳のビデオカメラで映像を録画するかのように。
抜きん出た才能と引き換えに、少年には様々な欠落があった。
おそらく、私も、様々な何かが欠落しているのだろう。
それに、自分で気付けないでいるのだろう。
この世界に感じる違和感はそのためだろう。
私は異物なのかもしれない。
不安と恐怖が生まれた。
だから私は忘れたフリをするようになった。
覚えていても言わない。
知ってても黙っておく。
気付いても気付いていないフリをする。
すでに2、3度聞いた話にへぇ~っと感心する演技をした。
言ってなかったっけ?
に対し
聞いてねーよ、聞いてたら忘れるわけないやろ。
とは言わなくなった。
普通であるために
平均でいたいがために
濁してごまかして演じて装って
自分で自分を騙して・・・
・・・私は私でなくなった。
結果、自分のことがさっぱり分からなくなった、空白の十代を過ごした。
人と違う人を羨ましく思いながら
また
人と違う自分に優越感を感じながら
人と違う人を排除しようとし
そして
人と違う自分を不安に思う。
波のように。
やはり私たちはひとりひとりが変化する波なのだ。
時に高く
時に低く
それらが寄り集まってまた
時に高く
時に低く
相似形の集団の波を形成する。
だから、ひとりひとりはあるがままでいいのだ。
波の一瞬の高まり。
波の一瞬の下降。
それもまた、波のひとつの姿。
そのままでいいと、あの時誰かが言ってくれたなら。
与えられた能力を最大限に生かせと、自信を持たせてくれたなら。
いや、
あの時のあの体験が今の私を形成する。
あるがままでいいのであれば
私は今の私でいいのだ。
過去はあれで良かったのだ。
すべての過去に感謝と愛を。
※サヴァン症候群( savant syndrome)とは、
知的障害や発達障害などのある者のうち、
ごく特定の分野に限って優れた能力を発揮する者の症状を指す。
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今回のお話はほぼ実話ですが、特殊な記憶力は年齢とともに衰え、今では自分の記憶が一番あてにならないという状態です…笑
この過去を思い出したのはシンクロする本に出会ったからなので、またの機会にご紹介します。
自分を見つめる「目」を描いた絵を集めてみました。
過去を手放すためにお使いください。