2009-10-10amebaブログ俳句について
秋に渡ってくる鳥、といえば、雁ですね。
雁が空を飛ぶ様子は、雁の列 雁の棹 雁の陣 と言い表します。
また、一羽で餌を啄ばむ様子は、孤雁などと言い表します。
青森の津軽にある外が浜には、雁が海を渡ってくるときに、途中で休むために、木の枝を咥えてくる、という言い伝えがあるそうです。
そして、その枝で沸かす雁風呂という風習があるそうです。
その小枝は、日本に着くと、外が浜に置かれ、浅い春、再び日本を飛び立つとき、咥えてきた雁がそれぞれに再び咥えて行くのだそうです。
浜に残るのは、日本にいた間に、銃で撃たれたり、獣に襲われたりして、命を落としたものか、
ということで、その枝を拾い集めて、お風呂を沸かし、雁の供養とする。
その昔、津軽は貧しいところで、その上、薪を集めるべき場所は、御料地であり、
一般の人が立ち入ることが許されなかったそうです。
そんな土地柄に
春とは言えまだ寒さの厳しい頃、浜辺に打ち寄せられた小枝や流木を拾ってお風呂を沸かすことを
贅沢とはせず、雁の供養とする、そんな物悲しいお話が生まれたのかもしれません。
雁の季語には、秋に来て春に渡って行く、というので、二季鳥 というものもあります。
雁 森鴎外の小説。
本郷 無縁坂に住む高利貸しの妾(めかけ)お玉と、大学生岡田との結ばれぬ淡い恋。
このお玉は、現実には、森鴎外の愛人であったとか。
雁 鴈 かり かりがね
がん
二季鳥 にきどり ふたきどり
片絲鳥 かたいとどり
眞雁 まがん
菱喰鴻
ひしくひこう(白鳥のことでもあります)
沼太郎 ぬまたらう
白雁 黒雁 小雁
逆顏雁 さかつらがん
四十雀雁 しじふからがん
鴇 のがん
海雁
初雁 はつかり
來る雁 雁渡る
天津雁 天つ雁 あまつかり
雁の棹 かりのさを
雁陣 がんぢん
雁の列 かりのつら
雁行 がんかう 雁字 がんじ かんし
雁の文字
雁鳴く 雁が音 かりがね かりかね
雁の琴柱 かりのことぢ かりのことじ
雁の涙 かりのなみだ
雁の琴柱(ことじ)とは、 琴の弦を支える柱のことで、形と、
一列に並ぶ様が雁の飛ぶ姿に似ている、ということなのだそうです。
その琴柱の一つ一つは、雁股と、こちらはあまり艶っぽくない名前です。
秋の夜の露をば露と置きながら雁の涙や野辺を染むらむ/壬生忠岑 と、葎に落ちる白露を、
雁の涙としたのです。
古来、雁は 鵠(くぐい 白鳥)や鶴や鷺などとともに、魂の運搬鳥と考えられて、特に鵠と雁は、
常世国の鳥ということで、遠つ人 雁 また、天つ雁 と、枕詞もあったそうです。
季語ではなく、雁を使った言葉に、茎茶を雁がねと呼ぶお茶屋さんがありますが、私は密かに、
これは、お茶を立てる釜を、風炉釜ということに掛けているんではかなろうかと思っています。
あと、雁首という言葉がありますが、これは、煙管(きせる)という、煙草を吸うパイプの先が、
雁の首に似ているからです。
がん首を揃えておけ、という台詞に、雁の首を揃えて出して、痛い思いをしても、
私の責任では有りませんので、念のために。
雁というと、時はまさに今の頃、とてもうら悲しい思いをしたことがあります。
午後二時頃、病身の母から電話が有り、家のドアの鍵がかけ難いといわれたので、隣町の金具屋さんに
電話して、直しに来てもらいました。
そのとき、いつもの方でなく、殆ど仕事をしない放蕩主人だったので、如何なのかなとは思いましたが、
三、四十分、螺旋回しをあちこちに差し込んだりして、ガチャガチャしていたので、まあ、
餅は餅屋、如何にかなるだろうと、私は仕上がりを待ちきれず自宅に戻り、電話を待っていると、
これで大丈夫でしょ、って、帰ったそうです。
アア良かった、と思うまもなく、母から再び電話が有り、どうも鍵を反対に付けて帰ったようだと。
一体どうすれば、鍵が逆さまにつくのか。器用なんだか不器用なんだか、と、一人ごちながら、
もう一度来て欲しいと金具屋さんに電話をすると、今日はもう手がいっぱいで、って、
その放蕩店主の声で断られてしまいました。
このままでは、鍵を掛けることも出来ず、困ったなと思って、いろいろと手を尽くしたところ、
友人から便利屋さんを紹介されたのです。
その便利屋さん、見るからに職人さん風情で、これは良かった、って安心したのも束の間、
暫し鍵とにらめっこしていたと思ったら、ドア全体を外し始めて、あれよ、っていう間も無く、
まるで風のように軽やかに、軽トラックに積んで、何処かに立ち去ってしまったのです。
どうも逆さまにくっ付けた鍵を見て、mazeに迷い込んじゃったようでした。
このままじゃ母が風邪ひいちゃうし、ってことで、姉が母を連れて、車でドライブがてら、
母の姉の病院へお見舞いに行くことになりました。
それっきり。便利屋さんも、姉達も、いくら経っても、戻る気配は無く。ドアも無く。
私は玄関の上がり框に腰掛けて、ドアの外の、前の家の上空を見ながら、
長い長い時間を過ごしておりました。
すると、その町に住んで、三十年以上が経って、初めて、雁が渡っていく姿を目にしたのです。
右から左へ、数羽の雁が、縦になったり、鉤になったり
雁 雁 渡れ 鉤になれ 竿になれ への字になぁれ なんていわれなくったって、
私の口許はとっくにへの字になっていたことだと思います
便利屋さんのおじさんが、ドアを抱きかかえて戻ったのは、夕方六時を過ぎた頃。
それと申し合わせたかのように、母達も帰宅して、私が黄昏の空に雁を眺めた話しをすると、
まるでかつお君みたいね、ですって。
雁の渡る風情が寂しいと思うのは、自分自身が寂しい境遇に有るからだと断言出来ます。
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この街に転居したての頃 早朝に
娘と二人で散歩に出かけたことがある
何度か出かけた道だから
そんな安易な気持ちで
この道を行けば、あの公園に出る
筈が、全く行きつかない
その上だんだんと行き詰りになり
最終的に変な祠が
ここまで来るまでに誰にも会っていない
直ぐ帰るつもりだったから
スマホの電源も切れて
さてどうしたものかと思案に暮れた時
想い出した夫の言葉
迷ったら川を目指して
流れていく方向が下流になり
逆が上流になり
来た道を戻れば見た場所に出る、と
川まで戻り、上流に向かっていたので
下流を目指して歩くと、小一時間で
見覚えのある田んぼの脇に出て
空から異様な鳥の鳴き声がして
見上げると、雁が一羽
群からはぐれたのだろうと
海に向かうには川下を目指して
川はあっちだよと教えてあげた
雁には川の流れが見えないかもしれない
などと言いながら自宅に戻り
その鳥の鳴き声を夫に教えると
それは鷺だと
自宅で夫と待っていた犬は老衰で旅立ち
夫は医師から認知症の末期と言われ
私達のことも忘れつつあり
もしかして、私達の行く先を惑わせたのは
鷺だったのかもしれない
などと思ったのも遠い過去の話になった