酔芙蓉 | ミナミのブログ

ミナミのブログ

のんびり、、まったり

■ 2003/07/28 (Mon)横濱俳句クラブほのぼのとから

 

 芙蓉の花といえば

白居易(白楽天)が玄宗帝と楊貴妃の悲恋を詠った

「長恨歌」の中で

『太液芙蓉未央柳 芙蓉如面柳如眉』と

楊貴妃の顔に譬えたことで知られている。

 

日本の富士山もまた

その美しさから芙蓉峰と呼ばれる。

 

富山県の婦負郡八尾(やつお)では

九月の一日から三日の晩までの夜中に

若い女性と男性が踊りながら町を流すお祭がある。

 

もともとは盂蘭盆に踊られていたものが

二百十日の厄除けの

台風の被害を避ける「風の盆」になったのだそうだ。

 

十数年前にこの踊りを観に行った母によると

真夜の町を

家々の明かりを頼りに

若い男女がそれぞれが編み笠で顔を隠して踊り

その踊りを盛り立てるおわら節、三味線、太鼓

そして鼓弓の物悲しい音色がなんとも幻想的だったという。

 

同様にその踊りを観にこの町を訪れた小説家

高橋治が家並みの脇に植えられている酔芙蓉を見つけ

作られたのが風の盆恋歌

という小説なのだそうだ。

 

もう一つ石川さゆりの歌う

風の盆恋歌の一節は

久保田万太郎の俳句

 ゆめにみし人のおとろへ芙蓉咲く

から得られているのだそうだ。

 

酔芙蓉とはその名の通り白い花が

少しずつ赤みを帯びていき夕方には萎んでしまう

なんともいえない艶っぽくて儚い花だ。

 

横浜の近辺では大船フラワーセンターと鎌倉の瑞泉寺にこの花がある。

 

ところで当の中国で芙蓉というと蓮の花のことを指すのだ。

 

日本でいうところの芙蓉は木芙蓉として区別されている。

 

物の本によると唐朝の玄宗皇帝は家臣たちと蓮の花を愛でに行き寵愛する楊貴妃を指差して太液池に咲くこの見事な蓮の花にもこの解語の花には遠く及ばないと言われたとか。

 

そのあまりに皇帝は国を追われ楊貴妃は傾国の美女という名を頂き

楊貴妃の親族は全て殺戮されてしまったのだそう。

 

先ごろ何処かの党首にこのままでは国が滅びると言わしめた一国の元首には

このような美女がついていないことを祈りたい。

 

酔芙蓉は俳句の季語では

花芙蓉、白芙蓉、紅芙蓉と共に秋の季語になっている。

 

昭和九年以前に発行された季語集には酔芙蓉として載っていないところを見ると

リラ冷えと同じく新しく出来た季語なのかも知れない。

 =============

鎌倉市の大船に有るフラワーセンターはこの記事から15年後

県での運営に行き詰まり、日比谷花壇を主体とした民間の協賛で再開するが

元々この地には大正時代まで農業試験場があった場所を引き継いだことで

多くの改良種を作って来たということだ

 

特にこの地の名前を取った玉縄桜や芍薬など

この地で改良された植物は大船系と呼ばれているとか

 

ただ、往時のフラワーセンターを知る身としては

例えば熱帯植物や睡蓮の数の多さや、睡蓮池で泳ぐ熱帯の魚の影がないこと等

残念に思うこともあるけれど、それでも生い茂る木々の中に農業試験場の時代の

遺構のようなものを見つけたり、さすが日比谷花壇の協賛だけありトロ桶に咲く

二百もの種類の蓮の花は素晴らしいと思う

 

ただ、せめて駅から送迎のミニバスが出たらいいのになとも思う