今の頃お店に行くと段ボールに入れられた蜜柑が売られている
何段も重ねられている箱を見ると、つい買いたくなってしまうが
殆ど私しか食べない蜜柑を何キロも買ってどうしたら良いのだろうと思うと
諦めるしかない
姉によると父の郷里に、今年の嫁はよい嫁御、と
ふくらみを数えて最後まで唱えられると甘い蜜柑という説が有るらしい
夫の妹は五右衛門風呂に入るときに蜜柑を持って行って温めて食べるのが好きだと話していた
私は、特に特別な思い出は無いが、蜜柑は青い頃の少し酸っぱい時期のほうが好きだ
そういえば母が蜜柑の皮を焼くと風邪除けになると言って
冬になるとフライパンでするめと一緒に焼いていたが
娘はそれを覚えていて、昨日も焼いていた
蜜柑の皮は陳皮と呼ばれ、昔から漢方薬の一つとされている
昔、テレビで放蕩一代息子というドラマがあり、勘当された息子を渥美清が演じ
落語の下りの、陳皮は陳皮、反故(ほご)は反古、と言いながら屑拾いをする場面があったと思う
その息子には倍賞千恵子の演じる妹がいて、おこもさんになった兄を見つけて家に連れ帰り
お握りを食べさせるシーンがある
おこもさんとは真菰というイネ科の植物で編まれた筵(むしろ)を纏った人のこと
今流でいえばホームレス
兄は妹に、炊き立ての白飯に、ぱらっと塩を振っただけでいいからという
その後、兄がどうなったかは覚えていない
年の瀬にホームレスで思い出したが、以前、駅のコンコースに女性のホームレスがいたことがある
いつもはスーパーへの階段の脇に座っているのだけど
朝、通勤時間には改札口の前にあるコンビニの脇に立っていた
改札から出て来た集団から抜け出した女子高生が言葉もなく近寄ると紙幣を何枚か渡した
〇〇ちゃんと声をかけて親しそうにする女性のその様子から母子ということは想像出来た
そしてホームレスになった理由も何となく想像出来た
有責故に何の蓄えも得られず家を出ることになったのだろう
握りしめていたらしいお金を渡すと辺りを一瞥し、踵を返して足早に立ち去っていく娘
どんな気持ちで渡していたのか
その女性は年を越して
母の日に店の前にカーネーションが並べられる頃まで見かけたが
梅雨が明けた頃姿が無くなった
真っ赤なカーネーションの花の鉢の隣に座って、何を思っていたのだろうか
暖かい部屋でのんきに蜜柑のふくらみを数えて甘みを占いながら
人の道は時にあっさりと崩れてしまうことが有るんだなと、そんなことを思っている