雁がわたる 鳴いてわたる
鳴くはなげきか 喜びか
月のさやかな 秋の夜に
棹になり かぎになり
わたる雁 おもしろや
尋常小学校唱歌 雁がわたる
もう二十年近く前の話になるが
母の姉がいよいよ危ない
ということで
次姉が
私の持ち家に住む母を連れて病院に
お見舞いに行くことになったのだが
出掛けに鍵が掛からないと
言ってきた。
状況的に今行かなければ、伯母と母は今生で会えずに終わってしまう。
私は事務仕事の手を止めて母の住む家に行った。
姉達が出掛けた後、友人が知り合いを紹介してくれて、その人が来た。
暫く鍵穴をガチャガチャとやっていると、ドアが外れた。
するとその人は何を思ったのか、そのドアを軽トラックの荷台に積むとそのまま立ち去ってしまった。
驚いて友人から教えられた携帯に電話すると、鍵が合わないから持ち帰ったという。
それでいつ頃戻れますかと聞くと、二時間ほどで、と。
ドアの無い玄関に腰掛けて
少しずつ暮れていく秋の空を眺めていると、数羽の雁が空高く渡って行く。
小学校の教科書に有った
大造じいさんとがんの
がんがん渡れ
竿になって渡れ
鍵になって渡れ
雁、雁、渡れ
大きな雁はさきに
小さな雁はあとに
仲よく渡れ
そんな唄を思い出しながら
待っていたが、その人が戻ったのは辺りがすっかり暗くなった頃
挙げ句、鍵は直らなかったと絶望的な結末。
とりあえずドアを付けて貰い、内側からは鍵が掛けられるようなので、戻った母にそう話し、自宅に帰った。
仕事を終えて帰宅していた夫にそれを伝えると、災難だったなと一言。
ドアは翌日近くの工具屋さんに頼み込んで新しく付け替えて貰った。
雁が家の前の空を飛んでいたことを母に伝えると、それは見てみたかった。と。
雁と言えば、青森県の津軽には古く、雁風呂という風習があったそうだ。
極寒のロシアから日本で冬を越すために海を渡ってくる雁は途中海原で休むために小枝を持って来て、春先になると
再び小枝を持って渡って行く
浜辺に残る小枝は日本の地で命を落とし、帰ることが出来なかった雁の数。
津軽の人々はその枝で炊いた風呂を雁風呂として供養するのだとか。
七十二候の49候
寒露の初候
鴻雁来(こうがん きたる)
伯母の命日が近くなった。