秋の陽射しが濃くなり始めると、私は釣をしたくなります。
麦藁帽子を被り、バンドホテルの傍の釣り船商店街へ行き、竹の釣竿と、糸と、浮きと、針と、そして、
お猪口一杯のジャリメを買って、山下橋の袂の喫茶店の脇で釣をするのが、今頃の日課でした。
やがて、年齢を重ねると、もっと大きな獲物が欲しくなり、埠頭の先まで行って、岸壁で。
しかし、そこは埋め立てが始まり、濃い緑のダンプの往来が烈しくなり、
子どもがおいそれと近寄れる場所ではなくなって行きました。
あるとき、山下公園で釣をしていると、警備のおじさんにこっぴどく怒られました。
山下公園の、氷川丸が係留されている傍の、窪んだ場所は、もともとは、ヨットハーバーのプールでした。
大人になれば判ったことなのですが、岸壁直下は氷川丸があれほど近くに係留しても良いほど
深くもあるということ。
だから、もし、子どもが落ちたりすれば、助からない。そう、危険なのです。
氷川丸を停泊させる少し前、その深さを調べるために潜水夫が潜って、
そして浮かび上がってくるのを見たことがあります。
後年、この中の一人がお笑い芸人ロバーツの馬場くんのおじいさまと知って、
意味も無く馬場君に親しみを覚えました。
海底二万マイルにでも出てきそうな、そんな潜水服を着た人たちが、
海の中から突然、次々に現れたときには、物凄く驚きました。
その頭の部分をとった人たちが、ごくごく普通のおじさんで、車座に座り、煙草を吸い出して、
何処かの方言で御話しし始めた時は、違う意味で、もっとびっくりしました。
秋日の強い昼下がりには、そんなことを思い出しながら、のんびりと鯊を釣るのがとても楽しみです。
そして、その鯊を天麩羅にして食すのもまた楽しみなことです。
鯊は、沙魚、とも書き、鯊の秋、鯊日和、鯊釣、鯊舟、鯊の竿、とともに、俳句では秋の季語になります。
嗚呼釣りしたい。
余談ですけれど、ある本で読んだ話によりますと、山下橋近くの釣り船商店街の入口にある、山本釣り船
というのは、このあたりの埋め立てを行った、当時の土木建設会社の部長さんが創めた、
日本で一番最初の釣り船店なのだそうです。
ただ、このお店に真偽の程を確かめたことは有りません。