社長LiSAとしての責任感や覚悟。

守りたいのは社員なのか顧客なのか。

ステージの後ろにいる人たちなのか前にいる人たちなのか。

愚問か。その両方だよな。

 

オレらが願うことはLiSAを拘束してるのか?

好きなようにやれない枷になってるのか?

必要とされる喜びになってるのか?

 

本心までは読み取りようもない。

 

やりたいことが出来てないなら、

LiSAを捨ててもいいから、

好きなようにやらせてやりたいと思う。

見てみたいし。

 

だから、

もうLiSAに何かを願うのはやめにすべきなんだろうな。

いや、ちがうな。

こちらの勝手な願いを押し付けちゃいけないってことだな。

LiSAがやりたいことが出来ることを願う。

みんながどうかは分からんけど。

 

Believe in ourselvesを初めてラジオで聴いたとき

「これはLiSAの覚悟の歌」っていうツイートが

あまりピンとこなかったんだ。

歌ってることはこれまでとさほど変わらない気がしたから。

何を覚悟したんだ?ん?って感じ。

 

記事読んで理解した。

まだまだLiSAを続けるよって覚悟だったんだな。

 

いつか、LiSAがなりたいLiSAになれるといいな。

 

みんなから求められるLiSAにしろ

LiSAがなりたいLiSAにしろ

歌い続けることは辛いことなんだろう。

それは先日の豊洲事件ひとつとっても痛感する。

 

覚悟を決めたLiSAのバイブルはLiSAの曲か。

それってつまり、アシアトコンパスってことだ。

「LiSAの神は、LiSAの曲」

名言だね。