コトバがあればいいのか。
すべてはコトバで補えるのか。
コミュニケーションの取れない社員との関係にイラダチを感じていた。
「コトバ」を発しないことで、私に抵抗する社員がいた。
私の親の世代の社員である。
ジェネレーションギャップというには、その限界を超えている。
友人や恋人なら「シカト」という手段もあるのかもしれない。
でも、社会人である以上、「シカト」は許された行為ではない。
ましてや親の世代といっても、私が彼を雇用している側だ。
彼の雇用を守るため、私は私有財産を抵当に入れている。
命がけだ。
その負っている責任の重さの違いから、私は彼に自分の想いをブツケル。
随分迷った。
青いワタシが間違っているのかもしれない。
彼のやり方、思いを探ってみること1年。
平行線が続いた。
答えは出なかった。
答えが出ないというのが、彼のANSWERだろうと結論づけた。
経営者として結論を出すにはこの1年が遅すぎたのか、
もしくは早すぎたのかはワカラナイ。
しかし、ワカゾーのワタシにとっては、
このくらいの時間をかける必要があったのは確かだ。
彼のポジションの代わりを雇い入れた。
入ったばかり。フレッシュだ。
このモチベーションがいつまで続くか見守りたい。
というか、育てなければならない。ワタシの使命として。
USENの宇野さんがサイバー藤田氏が起業する際
「自分より10歳以上上のヤツといっしょにやるな」と忠告をしたのは有名な話。
その意味が痛い程ワカル。
というか、実際に経験して初めて気づくものである。
いつも頭にそのコトバがある。
最終的には組織をそうもっていかないといけないと思っている。
ビジネスは「人」だ。
何か悩むのは必ず「人」が関連している。
そこで悩む度、
恋愛も結局は同じなんだろうと思う。
コトバがあれば愛は分かり合えるのか。
愛はコトバで補えるのか。



