毎日、世界中のどこかで
人が死んでいる。
自然死、病死のほかに
殺される人が無数にいる。
災害や事故などで全く無関係な人間が
殺される場合、
強盗・誘拐などで
加害者が知っているのは被害者の外見だけという
やはり個人的には無関係な人が
殺される場合、
痴話喧嘩の果てに
殺される場合…
そして
思想的な理由で
殺されるということがある。
個人として全く知らない人間を
こいつを殺してやろうと狙われて
殺される。
昔、そうして殺された先生がいた。
もう20年以上前、ワタシがスペインに
来る直前のことだった。
当時筑波大助教授だった五十嵐先生は
出版当時から問題視されていた
イスラムがらみの本を翻訳した、
ただそれだけの理由で殺された。
ワタシはこの先生の合宿にお邪魔したり
飲み会で遊ばせてもらったことがあった。
その当時の友人が震える声で
ニュースを見ろと電話して来、
テレビのチャンネルを変えて
ニュースを見たワタシは
呆然とするほかなかった。
五十嵐先生は明るい人だった。
冗談ばかりでおどけすぎて
学生から相手にされなくなることもあるほどだったが
こと中東のことに関しては別で
殺されるかも知れないが黙るつもりはないと
そう仰る先生の顔は
普段の様子からは想像もつかない
冷徹さに冴えて
思わずこちらも黙り込んでしまうほどだった。
日本ではあと2日足らずで
秘密保護法案が衆院通過の見通しだそうだ。
国としてある種の機密を
保護することの正当性は
ある程度は理解できるのみならず
これまでどこの国でもやってきたことであり
今更あらためて
保護法案など持ち出すのは
陳腐以外の何物でもない。
では
ことさらこの法案によって
政府は何をしようとしているのか。
ここ数週間で
優秀なブロガー達が
どんどんブログを閉鎖している。
これまでにも
国に不都合な論調を
流布する個人が
闇から闇に葬られてきたこの国で
更に秘密保護法案が
追い討ちをかければ
誰もが保身に走るのは
仕方のないことである。
物言えば唇寒し。
雉も鳴かずば撃たれまい。
これまで世のため人のため
啓蒙のためと
発信を続けてきた人たちが
沈黙に入ることで
私達の精神も知性も
学ぶ場を失う。
後に残るのは
動物的に食う、寝る、生きる、そして
死んでいくことだけである。
五十嵐先生は
イスラム狂信派に殺された。
私達はこれからゆっくりと
同じ日本人に殺されていくのだ。