さてマンテカドとポルボロンンの
故事来歴。

ネットでは大体
みんなが同じソースから
コピペしてるから
見つかるものはほぼ全部
同じような記述。
しかし時々
自分で書き直してる人もいるようで、
微妙にデータが変わってる部分もある。
そういうとこではワタシが個人的な判断で
筋が通る方の説を選んで
解説してみよう。

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前置き。
アラブ支配の時代は
現在の Turrón や Alfajor の
元になるような
はちみつとナッツと香料を
練り合わせた菓子。
その材料の一つに
今で言えば“パン粉”と訳される
Pan rallado があるが、
古いレシピを見てみると
小麦粉と油と水を
練って焼いたせんべいを
砕いて粉にしたもの、とある。

マンテカドの製法には
アラブ菓子の技法が
使われているとのことだが
砂糖と香料、
イスラムでは厳禁のラードを除いて
伝習出来るものは
小麦粉せんべいの部分しかない。

ので、
ポルボロンの材料の小麦粉を
焼くだの焼かないだのって
話があるのは
この辺から来てたり
するのかも知れない。
しかしこの辺の推察は
確認取れてるわけではないので
その辺テキトーに。

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さてまず
マンテカドやポルボロンの
生まれた土地の話だが
セビージャ県のエステパ村と
マラガ県のアンテケラ村(ってか市だねもう)が
本家本元の地位を争っている。

アンテケラの市役所には
この菓子が登場する
19世紀のフレスコ画もあるので
アンテケラの方が古い、
とする説もあるが、
こういう菓子は16世紀にはもう
かなり作られていたようで、
距離にしてわずかに
40kmほどしか離れていない
アンテケラとエステパは
同じ地域で同じ農業・畜産を行い
この距離なら当然
物品の交流もあっただろう。
この状況でどちらが先かを
争うのはまぁ無意味なことである。

今、エステパ村が
スペイン全土のみならず
世界にマンテカドの産地として
名を馳せているのは
商品化・流通化に成功した
女性の名がちゃんと
歴史に残っているからで、
その意味ではエステパ村に
軍配が上がる。

ま、そういうわけで
菓子メーカーの中には
名前にエステパがつくもの、
アンテケラがつくもの、また
最初に人気を博した出荷先の
コルドバ県 Rute の名がつく
会社があるわけである。

つづく…
ってかポルボロンの話、
1回で終わる予定だったんじゃないのかw



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