中山道を西から東へ歩く旅キラキラ
 

 

2026年最初の街道歩きとなる1月3日は、倉賀野宿から本庄宿までを歩いています

 

新町宿を出て、群馬県と埼玉県の県境手前まで来た前回の続きです



新町宿を出て神流川まで歩いて来ました

 

中山道は昔の渡し場があった所へ、河原の中に続いていますが、今は神流川橋で川を渡ります

 

橋の上で上野国(群馬県)から武蔵国(埼玉県)へ

このR17の橋は最近架け替えられた様で、廃止された古い橋もまだ残っています(一部は既に取り壊され渡れませんが)

 

橋の上から振り返ると正面に浅間山から見えます

 

対岸に渡り廃止された旧道の所へ行くと、欄干の端に灯籠がありました

 

神流川古戦場と渡し場の解説板(一部が読めなくなっている…)

この絵にも灯籠が描かれています

 

 

お堂の脇に勝場一里塚跡の石碑

江戸まであと23里

 

 

金久保の町中を進むと中山道の案内板がありました

中山道の中では先ほど通ってきた新町宿が一番最後にできた宿ですが、宿ができる以前の中山道は今より北側を通るルートで、倉賀野宿から例幣使街道のルートで玉村宿まで進み、そこから南下してここ金久保につながっていたそうです

 

その北からくる初期中山道の三国道

 

ここで曲がって現在の中山道へ(左から来るのが三国道、直進しているのが江戸に向かう中山道)

 

 

しばらく歩き本庄市に入る手前にある中仙道の標柱

 

この向かい側に古墳がありました

 

7世紀後半に造られた浅間山古墳

 

 

本庄市に入ります

 

 

写真右の奥から進んできた中山道はここで曲尺手となり、いったん右折してまた左折

 

右折したR462の歩道には、中山道の宿場のタイルが埋め込まれていました

東海道と分岐する草津宿から

 

懐かしい木曽の宿場

 

今日のスタートの倉賀野宿から新町宿、本庄宿

 

左折する交差点には常夜灯とその説明

 

本庄宿に入ります

 

 

本庄宿内の中山道

 

古い蔵が残っています

 

旧本庄商業銀行煉瓦倉庫

 

融資の担保となった繭を保管したそうです

煉瓦は深谷で作られたもの

 

 

内田本陣跡

現在は足利銀行の駐車場

 

前を通る中山道の様子(本陣の建物は少し奥まったところにあったそうです)

 

田村本陣跡

 

本陣が2軒あるように、本庄宿は中山道で最大の宿でした

 

 

田村本陣跡の近く、本庄駅入口の交差点が今回のゴール

 

 

17.29km、約4時間のウォーキング

2026年最初の街道歩きは良い天気で気持ちよく歩けました

 

 

 

帰りはJR高崎線 本庄駅から電車で帰宅

 

 

高崎からの特別快速に乗りましたが、Uターンの乗客で車内は結構混んでいました

週明けから仕事が始まり...
また、愛知での生活に戻るので、次はいつ歩けるかまだ未定です
 
しばらくは東海道の復習がつづくかもデス