旧東海道ウォーキング
これで、日本橋から草津宿までは自分の足跡がつながったので、残りもあと少しとなりました
1月2日の朝、三河安城からクルマで草津宿へ
三重県内の新名神の周りは雪景色
朝早かったのでクルマも少なめで順調なドライブ
草津宿内にクルマを停めて、前回のゴールの、東海道と中山道が合流(分岐)する草津追分からスタートです
左側が前回歩いて来た東海道
左手前の奥に続くのが中山道
ここで合流して、右の道で京に向かいます
ここら辺のマンホールのデザインは追分道標
草津宿と旧東海道の説明板
朝で人がほとんどいない時間だったので、良い雰囲気です
ここは中が見学できる様になっていますが ★ 、年末年始の休館中ですので、外から見るだけ
「道灌」の文字に思わず引き止められた、太田酒造 道灌蔵
江戸城を築城した太田道灌
その末裔の方が経営されているそうです
太田道灌は以前住んでいた神奈川県伊勢原で暗殺され、伊勢原では「道灌まつり」も行われているので、とても馴染みがあります
「急がば回れ」の語源になった、船で大津に向かう矢橋道と、少し遠回りの東海道の分かれ道です
しばらく旧街道の雰囲気を残す道を歩いていき、草津市から大津市に入った先にある立場跡
これが碑として確認できた最後の一里塚跡でした
この先の一里塚は、明確な場所は不明となります(他の方のHPとか見ても無いらしい…)
旧東海道は電柱の奥に見える方向へ続きます
狭い旧街道が続いてましたが、瀬田の唐橋の手前で広い道路に合流
日本書紀にも出てくる、昔からの交通の要衝で、「唐橋を制する者は天下を制す」といわれたそうです
〜 つづく 〜