実験
母さんが静かに新聞を読んでいる。
さっき、コーラを買いに行き、ベッドテーブルの隅に置いてみた。
これは実験なのだ。
今朝の母さんは静かだ。だぶん、昨日、一日中、話したせいであきたのだろう。
十日前、ガンや坐骨神経痛やらの痛みに耐えかねて、母さんは入院した。
今は、処方された強い鎮痛剤がその痛みを消している。
利きがスゴイ。
あれほど痛がっていたのに、今は、すまし顔で新聞のページをめくっている。
病室には、私と母が居るきりで静かだ。
だが、病院は本当には静かにならない。
さまざまな医療機器の電子音、モータのかすかなうなり、医療スタッフの話し声、足音、ドアの開閉音が絶えず入り込んでくる。
この雰囲気が母さんを包み込み、彼女を静かに揺さぶっている。
コーラを買ってきたら、母さんはコーラを飲みたいと言うだろうか?
彼女を見ているとそんな考えが浮かんだのだ。
静かに時がすすんだ。
母さんは新聞に見入ったまま、「コーラは嫌いよ」と言った。