メインディスプレイの中央に見慣れないポップアップが表示された。
その直後、館内に静かに、断固とした警報が流れ始めた。
監視業務についていたケイスケは、ファイル棚から、緊急マニュアルを引き出し、すばやく開くと同時に緊急通話ボタンを叩き込んだ。
「太陽嵐警報! レベル九です!」
「了解。直ちに緊急手順を開始せよ」
一瞬、間があって、中央ステーションから、指示が返ってきた。
「開始します」
平静なつもりだったが、指定ページを開ける手が汗ばんでいた。
イオン流の強度をディスプレイから読み取り、作業フローに記入しはじめると、背筋に冷たい汗が流れた。
数値は想定最高レベルを30デシベル近く超えている。
折りたたまれていたイオンシールドが太陽に向けで展開され、隔壁の予備タンクに注水が始まった。
乗組員の生命を守るため、まず、前面のイオンシールドが電磁気的にはじき、次に数メートルの水の壁が粒子を止める。
これで、万全のはずだ。
ケイスケは、正常に展開されていくプロセスを記録しながら、なぜか震える指先を押さえつけ、言い聞かせた。
大丈夫だ。問題ないはずだ。
彼のデスクサイドのキャビネットが自動で開き、サインが点灯した。
宇宙服の着用を促しているのだ。
*
エネルギーセンターと五つのオペレーションセンターは、人工太陽を中心にして、正六角形に配置されていた。
ステーション間は指向性が高い複数のマイクロ波通信回線のほかに、光ケーブルを使った有線回線で結ばれていた。
人工太陽に生じる一時的な太陽嵐のような電磁気的なかく乱があっても互いの通信を確保するためである。人工太陽をコントロールするための機器にも抜かりなく無線/有線の冗長通信系が組み込まれていた。
「センター長、コイツはまずいですね」
中央管制のドール主任がディスプレイの一点を指でコツコツと叩いて、赤字で示された数値を指差した。
「一分後に、二重のイオンシールドだけでは防ぎきれない値に達します」
「すると…?」
センター長は、緊急マニュアルの矢印をたどった。矢印の先は「軌道離脱」にぶつかっていた。
「計算では人工太陽から三倍の距離をとる必要がありますから、十万キロ移動しなければなりません。が…」
「が…?」
「想定されていない後退のため、もし、後退するなら、光ケーブルの長さが不足しますので、切断しなければなりません」
「しかし、そんなことになれば、ステーション間の連動システムが作動しなくなり、人工太陽が制御しきれなくなる。そうすれば、地球にも影響がでる」
センター長は苦渋の表情で声を絞り出した。
「もう、あと十秒しかない。ケーブルの限界まで後退し、制御を維持しよう」
ドールは、サイドキャビネットから、宇宙服を取り出しすばやく着始めた。
「センター長、この文書をお読みください。万一の時にと、指示を受けていたものです」
センター長は、それを読んで驚いた。
ドール主任以下六名を残して、ステーションを離脱せよとの指示が、国際エネルギー連合長官名で書かれている。
「これは、一体、どういうことだ?」
「センター長、事情は今後、ゆっくり話しますが、もう危険な状態です。シャトルで安全域まで離れてください」
そう告げるドールの目の色が、見る間に銀色に変わった。
皮膚の色も銀色に変わっていく。
「私たち六名は、耐宇宙線改造されていますから、心配ありません。このように、自動的にナノマシンが、イオンや放射線を防いでくれますから。さぁ、早く退避してください」
追い立てられるように、センター長や乗組員は、シャトルで退避して行った。
*
耐放射線シールドボディは、こういう効果も考えていたのかなとドールは考えた。
目の前で劇的な変化を見れば、説得力も増す。
百倍以上の放射線を受けても平気なのだ。
「どうだ、ケイスケ。異常はないか」
直通ラインでドールはケイスケに話しかけた。
「大丈夫です、主任。突発的な太陽嵐の異常もだいぶ収まってきました」
ビジフォンから、笑顔が返ってくる。
「体はどうだ」
「異常なしです」
「まだ、油断できないぞ。残ったオレ達が倒れたら、次の代わりはないからな」
「そうですね…」
あと二時間もすれば、一時的な太陽嵐は収まるだろう。
そうすれば、また、みんなと合流できる。
でも、センター長はなんだかんだとうるさく言うだろうなと、ドールはクスリと笑った。