メインコンソールで、所長が忙しくタイプしていた。
昨日の当直は所長だったから、夜のうちに何かあったということだ。
「所長、おはようございます。順調ですか?」
朝、出社したばかりのハルエが、自席のパソコンに電源を入れながら、尋ねた。
「三ブロック先のK社に連絡がつかない。あのブロックは、まだ何とも無いはずなんだが。近くの知り合いに様子を探ってもらっているところだ」
緊張した面持ちで、所長が状況を告げた。
その会社には、光ケーブルの専用回線でデータのバックアップを頼んでいるから、それがダメとなると、バックアップ用の衛星回線を使うしかない。面倒だし費用も時間も余分にかかるのだ。
ハルエは所長と入れ替わって、作業を開始した。
チェックすると伝送開始まで八分しかない。
見る間にカウントダウンが進んでいく。トンデモ八分だわとつぶやきながら、懸命に段取りを進めていくと、なんとか先が見えてきた。
ハルエが準備が整え終わると同時に、予定どおりに伝送が始まった。
ギリギリだわ…
ホッと一息をついて、信号強度やパリティの状況をチェックしていると、次々とスタッフが出社してきた。
「ハルエ、朝から疲れて、どうすんのよ」
のんびり出社してきたヤスコがコーヒーカップを差し出しながら、元気だしてと声をかけてきた。
ハルエは、今までの状況を説明しながら、後を頼むわといいながら、伝送ログをヤスコに押し付けた。
その時、所長が机から立ち上がって、みんなに声をかけた。
「現在の状況を皆に連絡しなくてはいけない。今朝、K社のブロックの基礎、つまり、北極九ブロックの基礎が崩壊し、そのため、自動運転で維持していた機能がダウンした。K社からの連絡では、事前にこの状況を予測し、避難していたため全員が無事であり、心配しないで欲しいとのことだ」
みんなはざわついた。
所長は少し待って、みんなが静かになった一瞬をついて続けた。
「我社の機能は、北極七ブロックやそこに隣接する地区に集合しているいろいろな会社の支援を受けて成り立っている。今、K社のあったブロックが崩壊したことで、残念ながら当社のサービスレベルは水準以下に落ち込むことは決定的だ」
「代替はないのですか」と、どこからともなく声が上がった。
「北極全体の問題だ。当地区の崩壊が予想より早かったということに過ぎない。今朝、北極にあるすべての地区に退避勧告が出た。当社のあるこのブロックの基礎も一ヵ月程度しかもたないだろうということだ」
所長は悔しそうに、唇をゆがめた。
「今日の作業は、すべてを自動運転にして、我々、北極七ブロックのスタッフ全員が引き上げることだ。リモートにしておけば、一ヵ月ぐらいなら東京から最後までなんとか動かせるだろう」
*
今日は忙しかったねとヤスコはハルエに話しかけた。
そうね、忙しかったわね。彼女は返事しながら、これじゃ、まるで普通に退社するときの会話じゃないと思って可笑しくなった。
避難用に特別に用意された飛行機は快適だった。
二人は、仲良くオレンジジュースを飲みながら、小さな窓から、自分たちの会社を熱心に眺めた。
パイロットの計らいだろう。飛行機は二~三回、会社の上空を旋回した。
そして、一路、東京に向けて速度を上げた。
二人の見る窓から、崩壊したK社のあるブロックが氷山となって、青い海に浮かんでいるのが小さく見えた。
(おわり)