こうでなければいけない
は大爆発し、どんどん
私が愛されるための育児が始まりました。
そして産後うつに向き合わないまま
(精神科受診は継続していました)
褒められる私でいたいがために
同情してもらう、可哀想な私であり続ける
ことも必須でした。
こんなに大変で、可哀想な私が
頑張っているから褒められる
そう無意識に思い込んでいたからです。
頑張ることも、可哀想でいることも
どちらも手放せませんでした。
ですから、
『みんな、そうだよ』
わたしがいちばん、可哀想なの!!
みんなと同じ、一括りにしないで。
私の話を真剣に聞いて(こっちをみて)!!
『適当、出来ることだけでいいんだよ』
それでは誰かに批判、否定されちゃう!!
頑張るを手放したら、不安な未来しか待っていない
私がダメな人だと思われてしまう!!
『ご主人や両親、義実家を頼ったら?』
私の気持ちをわからない人に頼るなんて無理!!
どうせ言っても叶わない、馬鹿にされる
未来はダメだと決めつけ、やろうとしない
『ゆっくり休んだら?仕事やめたら?』
他人事だと思って、簡単に言うな!!
私の生きる場所、認められる場所がなくなる
なぜ、私だけ手放さないといけないのか!!
リラックスしていたり、楽しんでいる周りや夫に
異常なほどに反応し、腹を立てる
これらは実際の過去のアドバイス。
そして、今の私も育児に関わらず、大概のお悩みに
皆さんに提案していることでもあります。
赤字の部分、これは不安や怒り。
もし、何かに問題を置き換えて、このアドバイスに
できない、やりたくないなどの反発を感じたら。
もしくは何度も、この会話を繰り返していたら
その不安や怒りを解消しないことには
今の状況は変わりません。
ヒステリックな怒り方に変わるまで
時間はかかりませんでした。
明らかに、育児でではなく、
きっかけがそうであって。
溜め込んだ怒りや不安、悲しみが
そのきっかけで、幼い息子へとぶつけてしまい
まるでその姿は
あんなに憎むほど、
殺してやりたいほど大嫌いだった、
亡き父の怒り方とそっくりでした。。。
そして息子は、
私の感情や表情に左右されながら過ごします
傍目にはわからない、完璧な母親。良いお母さん。
育児相談、保育園での面談。
誰にもバレず、ほころびの見えない家庭は
玄関の扉が閉まると、阿鼻叫喚の世界でした。
やがて息子は、年中から斜視と弱視が始まります
完璧を求めていたわたしには
大ショックで、それが認められないのです。
お恥ずかしい話です。
よそのお子さんに偏見もないと思っていたのに
なんら珍しいことでもなく
医療の力で良くなることもわかっているのに
私の中にはジャッジがあったのです
この頃、写真を撮る時には
息子のメガネを外させていました
わたしが、息子に対し
メガネは恥ずかしい、メガネは可愛くない
知らず知らずに植え付けてしまったのです。
そして、そのショックから目を逸らして数ヶ月。
息子のチックが始まりました。
自己紹介編 我が子編
〜息子の心に潜む怒り〜に続きます