自称JK=上等【上級】高齢者 サチコ92歳。



サチコの頑固さは、敵うものがいなくてですね、
そこに認知症が加わり、拘りが大変でした

お洋服が大好き!

でも、選ぶことができなくなり(体力、理解力)
しょっちゅう、わたしに購入をせがみました
一緒に行こう!という誘いには断固乗らない!

また、私が購入して帰るための必需品
それはなんと。。

ハサミでした✂️‼️


サチコのこだわりわたしはMサイズ!
記憶が改ざんされ、太った現実が理解できません

*ちなみに、入所して食事管理されても
確実に太れる、しあわせ体質のサチコです笑い泣き

サチコは3Lサイズ!
下半身は4Lサイズ!!笑

探すのがどれだけ大変だったことか。。。

本人は購入後の服をかなり念入りにチェックします

デザイン、着心地を重視しますが
サイズタグを見た瞬間、大噴火!

『あたいはM寸だー』と怒るので
購入後、車の中で即、サイズタグを切る
それも切った!と、わからないように。。笑

すると、返品不可なわけなんですよね

しかしこんなに努力しても、
違和感を無視できないサチコは
一回でも違うと思ったら二度と袖を通さない!
5枚服を買って、2枚着てくれたら万歳の勝率ガーン

拘りのオンナ、それがサチコなのです。。








さて、パンツの件。

実は、自分が自分である、最後の砦のように
パンツに想いを馳せているのは知っていました 

ですので、わたしもできる限り好きにさせました

しかし、
急に立ち上がれなくなり【太ったから】
すぐにズボンが下せなくなり【太ったから】
スカートを履くとサイドが飛び【太ったから】

間に合わなくなりました。
まあ、ちびる。というヤツです。

そこで子宮を40歳で摘出したサチコは
実に50年ぶりにパットなるものをあてます

『アンネかね⁉️あたい、あがっちょるよ⁉️』
『いえ、尿もれパッドです』

何千回、この会話を繰り返したでしょうか?


『だれもこぎゃんもん、使っとらんのに‼️』
祖母の誰もは半径1人くらいの狭さです。。。


『あたい、チビったりしとらんのに‼️』
ここが、尊厳を傷つけることなく伝えることは
私も短気なんでもちろん出来ず


これを解決したのは
イケメンケアマネさんの一言。

『サチコさんなら、きっと購入しても汚さないから
 減らないことがわかれば、お孫さんも買えって
 言わなくなりますよ照れ



イケメンケアマネ。
まさに言葉の魔術師!!
サチコの心を掴んだ!!!!笑


というわけで、まずはパットを使い出しました
パットの減り具合ですか?

。。毎月84枚入りが必要でした笑い泣き


しかし、快適さを身につけたサチコは
パット付きパンツを武器に、
さらにJK道の意識に拍車がかかりました。


私自身は、正直パンツでもオムツでもいいんです。

本人が気持ちよく過ごせるなら
それがいちばんだと思っています。

漏れるかも、漏れたら、の不安か。
煩わしい、履き心地が嫌、の不快か。

どちらが、毎日を楽しく過ごせるかの方が大事で、
必要ならパンツ100枚でもオムツ数万円でも
用意する覚悟はできていました。

目の前のお金を見たら確かに不安です

ですが、わたしは親をすっ飛ばし、
祖母の介護ということからか。

始まりがおばあちゃんなんで、
できなくなることへの不安や悲しみはあまりなく
きっとあと、十数年というのも知っています。

そして離れて思い出したのが
どんなに孫の自分にお金を出してくれたか、でした

七五三や、成人式の晴れ着や、結婚祝い。
ピンチの時に泣きついたのも祖母。

今でもそうですが、必要なものは出し惜しみしない
まあサチコは必要でないものも欲しがりますが 笑







そんなこんなのパンツ生活に暗雲が立ち込めたのが
ちょうど昨年の7月でした。

わたしが開業した年の夏。
仕事をドタキャンして
お休みをしたのは後にも先にもこの日だけ。

サチコがある朝、突然。入院しました。
施設から電話を受け、病院に行くと
流石に覚悟しました
しかし、その2ヶ月後に、アメリカ行きに祖母の葬式代を
あてたわたしも、ある意味すごいかもしれない 笑

この入院も色々あって、今思うと笑えます


なぜ、回診行列が来ないのかと怒り心頭💢
最終的に


アタマ、連れてこーい!!💢


と、病院のトップを連れてくるよう
毎日騒いでおりました

大学病院の病院長を、アタマ呼ばわりしたのは
我が家くらいなもんでしょうね。。



アルファベットいっぱいで覚えられない
なんだか難しい部屋を移動して、
一般病棟にうつってからは、完全にオムツでした

そして、テープ式のおむつから
紙パンツ式のおむつに移行となっても、
本人は、あんなに拘りを見せたパンツに、
もう、何も未練を感じていませんでした。。。


さすがのサチコも、諦めてしまいました
もう、わたしはずっとオムツでいい。。
弱気なサチコを見るのは久しぶりでした。


その後退院し、移った施設で丸1年。


最初は、姥捨山に捨てた!前の施設が良かった!
そう言って、会話もできませんでしたが
落ち着いてから、本人が
パンツにしたいと申し出ました


祖母がいる棟は、重度の認知症の方の棟です。

しかし職員さんも、
やりたい気持ちを大切にしようと
春からパンツトレーニングが始まりました

御年92歳のトイトレです。

何度か、サチコにも尋ねたかったのですが
コロナもあり、面会も出来なくなりました


あたいはね、
パンツだから上等なの!


あの、嬉しそうなパンツ自慢が何度も蘇ります



小さな子と一緒です
出来たことは自信に繋がる

だからこそ、会えない間に諦めていないだろうか
自信を失っていないだろうか

自分の砦、JKの砦を守れているだろうか
守るために無理をしていないだろうか




こんなお手紙が届きました



パンツ、頑張ってるんだ。。と思うと
あんなに憎らしかったサチコに
無性に会いたくなりました

サチコの自分は出来るんだと信じて疑わないチカラ

時に、介護の場面では
家族は、もう任せてよ、、と手放しを求めます

わたしも綺麗事かもしれません

預かってくださる施設だから
こんな風に言えるかもしれません

でも、たった2年間の介護同居でしたが
わたしは大事なものが見えていませんでした

それは、目先にばかり、事実にばかりとらわれて
サチコの気持ちには寄り添えていなかった


孫に失敗を責められたり
突然、認知症だと自覚しろと言われたり
当たり前の世界が、全部否定されたら
どんな気持ちになるだろう

自分を奮い立たせ、
自分はできると信じること、そのチカラ。

こんなに身近な家族が真っ向から対立する中で
どれほどのエネルギーを自分に注いだんだろう

わたしは、何も
サチコの気持ちを理解しようとはしていなかった




私たちは当たり前にパンツを履きます


将来オムツは嫌だなあと言いながら
わたしも43歳です。
何か尿もれ対策をするかというと
自分のチカラではなく、便利なものに頼ります


我が子にも、
早くパンツにならないかなと言いながら
保育士任せだったり
時期がくれば外れると焦りませんでした


奥田珠紀さん、通称タマちゃんに出会い
パンツの質にこだわるようになりました

しかしそれまでは、
三枚千円でも、ブラとお揃いじゃなくても、
デザインや、履き心地なんて何も気にせず。

御股を隠す下着、くらいの認識でした


今思えば、サチコのこだわりは
肌に優しい素材であったり、
着心地の良いデザインであったり、
オシャレを忘れたくない気持ちばかり。

年だからいいじゃん!って押し付けは
まさに、わたしが本物を知らなかったから。

感じることを大切にしていなかったから。

自分に丁寧に生きること、
自分を大切に扱うことを疎かにしていたから。


もし、わたしが90を過ぎて同じ状況になり
パンツを目指せるだろうか?


汚したら叱られる、申し訳ない
手間を取らせたらいけない、申し訳ない
めんどくさいから頑張りたくない
もう、90だからいいや

そんな風に思うかもしれない


サチコの、
わたしは誰よりも素晴らしい!
わたしはなんだってできる!
この、最高の自己肯定感が、絶対にできる!を
見事に現実創造し。

まだまだJK道を爆進していくパワーになる。


半分以下の年齢のわたしが
まだまだできる!と
自分を信じなくてどーすんだ!!


そんな風に感じたんですよね。

当たり前に履いている私たちのパンツ。

でも、今パンツを履けることって
ありがたいんだな。

サチコのパンツへのあくなき想いが、
わたしになんだか、勇気をくれました。


今度は、めっちゃ肌触りの良い
4Lサイズのパンツ持って、会いに行こう!!




サチコ、91にしては本当に美肌なんですか
これも潜在意識をかなり使ってます 笑

思いのチカラってやっぱり侮れないんですよね


資生堂へのあくなき想い、や、
ボディースーツへのあくなき想い、とか
まだまだネタが尽きないサチコなのでした笑い泣き