明石昌夫さんが亡くなった…



享年68歳


名前は知らなくとも

彼の生み出した音を聴いてない

 日本人はほぼいない…



有名どころで言えば

3人目のメンバーとも呼ばれていた

B'z


彼らのデビューシングルの

『だからその手を離して』から

7枚目のアルバム

『The 7th Blues』までを

  編曲してたのは明石昌夫さん


彼の才能がB'zを開花させたと言っても

  過言ではないと思います。



ステージでも常に2人を支え

ベーシストとしても

     素晴らしい演奏を聴かせてくれます。



前からB'zは聴かないと言ってますが

明石昌夫さんが首を切られるまでは

購入まではしないが

   レンタルで聴いてました。


その音への探究や

アレンジの豊かさは

    本当に勉強になるから。




この『BE THERE』のイントロ

   明石さんが2人が留守中に作った逸話が。



 



あの時代ビーイング期とも言われ

B'z以外のミュージシャンを

世に放ち続けた。


MANICHやT-BOLAN

小松未歩に

WANDSはデビューに関わり

『時の扉』は名盤キラキラ


   素晴らしい作品を世に残してくれた。



特に素晴らしい功績としては

ZARDのデビュー曲

『Good-bye My Loneliness』

から6枚目のアルバム

『forever you』まで編曲

  ZARDのあのサウンドは

  彼の才能の賜物。



B'zとの別れと共にビーイング退社し

華原朋美やV6と仕事し


Janne Da Arcの

デビューからの快進撃


SIAM SHADEの

『1/3の純情な感情』のヒットは

  ご存知の通りです。


   ちなみにこの曲エピソードがあってね。


100曲以上のお蔵入りデモテープから

明石さんが選出され

テンポを上げるなど大幅にアレンジされるも

メンバー本人たちはアレンジに

納得できず一度断っていた。


あの曲がなければ

   世に知られるコトもなかったかも。




この時期を同じくして

超売れっ子で多忙な中

  自身のバンドで活動もされてました。


A.M.G

( AKASHI MASAO GROUP )


3ピースブルースバンドで

このバンドのギターと友人でして

   よくライブに行かせてもらいました。


本当とんでもないベーシストで

いつもキレイに染まった金髪を揺らし

  そのテクニックに酔ったもんです🥹




ご本人

発達障害アスペルガーのASDと

戦いながら音楽に人生をかけ

  まだまだ道半ばだったと思う。


来月初めて生で観るB'z

このタイミングの死は辛い…


明石さんの写真を

ポケットに忍ばせて

  楽しもうと思います。



お疲れ様でした。


  沢山の名曲をありがとうございました。


貴方の功績は輝き続けます。



あちらの世界でZARDの泉水さんと

夢の続きを叶えて下さい。