TVのNHK教育放送で毎週放送されている「ドイツ語講座」は,「旅するドイツ語」という副題がついています。通常の語学番組とは異なり,メインパーソナリティである俳優の別所哲也さんが,オーストリアのウイーンを旅しながら,現地で話されているドイツ語を学んでいく,という内容です。語学番組というよりも,質の良い旅行番組のようで,いつも楽しみにしているものです。

 

 

 

そんな「旅するドイツ語」の中で,オーストリアを代表するピアニストであるバドゥラ=スコダさんのインタビューが紹介されたことがあります。音楽の都ウィーンで生まれ育ったスコダさんが,カヤランなど,共演された数々の音楽史に残る巨匠達との思い出を語った内容です。

 

 

 

そんなスコダさんが,共演した著名な音楽家の中で最も印象深い方として話されたのが,20世紀を代表する指揮者のフルトヴェングラーでした。

 

 

 

スコダさんは,その理由を次のように言われたのです。「フルトヴェングラーがブラームスやベートーヴェンの曲を指揮しているとき,作曲者自身がそこにいるのではないか,と思えました。この音楽は今まさに創造されているのではないかと。

 

 

 

フルトヴェングラーから学んだことですが,全く同じ音楽というのは存在しないのです。それぞれに新しい独創的なひらめきがあるのです。それはとても大切なことだと思います。」

 

 

 

紙に書かれた音符そのものは同じであるのに,フルトヴェングラーが指揮をすると,まるで偉大な作曲家が指揮をしているかのように,まったく新しい音楽が創造されるのだ,とスコダさんは言われるのです。それは,音楽とは音符そのものを忠実に表現する芸術ではなく,演奏家の持つ独創性とひらめきにより,新らしい意味を与えていくものである,ということを意味しています。

 

 

 

さらにスコダさんは,そのような数々の偉大な音楽家の方々との共演により育まれた自らの音楽人生について,次のように語られたのです。「私はいつだって,本物の音を見つけたいのです。記譜法というシステムによって書かれた音符だけでなく,その背景にあるものの意味を把握したいのです。」

 

 

 

美しい音楽,人の心を掴む音楽は,紙に書かれた音符そのものではなく,決して目には見えない,その音符を支える存在です。その曲を作った作曲家が,音符に込めたスピリットそのものを,演奏家は感じ,そのスピリットを演奏しなければならないのです。

 

 

 

世界中にファンを持つピアニストであるスコダさんのお話は,人の心を掴むものとは何か,それは,目の前に存在する紙に書かれた音符そのものが大切なのではなく,その背後にありそれを支える存在,またそこから創造されていく存在なのです。それこそが私達の心を掴むものであり,それを感じることこそが私達に求められているのです,と優しいピアノの音色のように,語りかけているように感じました。法律家にとっても,とても参考になるお話だったのです。